大阪の落語の名所「繁昌亭」で1月、芸能以外では初となるイベントが開かれています。
テーマは、8年前の紀伊半島水害で大きな被害を受けた「奈良県十津川村」の観光。イベントを実現させたのは、地道なPR活動を続ける1人の男性です。
男性を突き動かす、自身のルーツでもある「ふるさとへの思い」とは。
大阪にある常設の寄席・天満天神繁昌亭。
ここで、1月13日から始まったのが…奈良県十津川村をPRする、ポスターの展示です。
【上垣隆幸さん】
「十津川村、ご存知ですか?」
【女性客】
「なんとなく…」
【上垣さん】
「奈良県です。紀伊半島の真ん中です」
【女性客】
「バイクで行ったことがあると思います」
【上垣さん】
「いま道もよくなっていますよ」
身振り手振りをまじえながら、お客さんに十津川村をアピールする、上垣隆幸さん(55)。東大阪市で美容室を経営するかたわら、十津川村の魅力を伝える活動を続けています。
【上垣隆幸さん】
「これをきっかけに知ってもらう。SNSも流行っているので、写真を撮って広めてもらえれば数倍の効果があるし、観光誘致につながればうれしい」
紀伊半島の中央に位置する、奈良県十津川村。
豊かな温泉に恵まれ、世界遺産・熊野古道も通る、近畿有数の秘境です。
【上垣さん】
「キャンプ場も見えるし、つり橋も見える。いい景色ですよ。いつも十津川は」
上垣さんの祖父・清弘さんは、十津川村で理髪店を経営していましたが、1953年の「紀和水害」で犠牲となりました。その後、家族は大阪に移住。大阪で生まれた上垣さんも年に数回、村を訪れては、温泉やきれいな景色を楽しんでいました。しかし…
(当時のニュース映像)
『大規模な土砂崩れが発生しています。その土砂が、川の流れをせき止めています』
2011年の紀伊半島大水害で、十津川村は至る所で土砂崩れが発生。鉄道の走らない村にとって重要な道路も寸断し、一時”陸の孤島”となりました。
【十津川村・更谷慈禧村長(2011年9月)】
「道路ですね。我々はこれがまさに命なんですね。その命がずたずたにされた中で、早く復旧しないと、村の命まで取っていかれる状況」
これまでに見たことがない、ふるさとの光景。
【上垣隆幸さん】
「普通のきれいな田舎・風景がこれだけ一変するんだなと、ショックだった。今でも不思議な感覚だが、声も聴いたことがないウチの祖父から『隆幸、十津川何とかせい』と言われた気がするなと」
その後、大阪に戻った上垣さんが作ったのが、1枚のチラシでした。
そこには観光協会の連絡先や自然の美しさを綴った文章など、十津川村の観光を呼び掛けるメッセージがあふれていました。
【上垣隆幸さん】
「最初は『水害やね』という感じで応援があったが、だんだん薄れていく。だから、『ひとり復興キャンペーンです』って。『え、なに?』となったら、『食いついた!…説明』と」
その後もSNSを中心に、村の情報発信を続けていましたが、活動は次第に広がりを見せ始めます。
大阪府八尾市の飲食店。焼き鳥と一緒に炭火でじっくり焼いているのは…肉厚のエリンギ。
実は、十津川村で生産されたものです。
【焼鶏くだかけ久宝寺店・梶谷友哉さん】
「普通のエリンギよりも、ぎゅっと味が詰まっていて。お客さんの反応もいいですね。是非十津川のものを食べたい、というお客さんも結構多い」
5年前から十津川村のきのこを使った料理が提供されるようになったのは、店に置いた上垣さんのチラシがきっかけでした。
【上垣さん】
「『十津川のキノコ、うまいねん』と彼に言って。食べて、じゃ行きましょうと、十津川まで行ってくれて、生産地も見て。みんな人に声をかけて(十津川のキノコを提供する店舗が)10店舗くらいになってきた」
【焼鶏くだかけ久宝寺店・梶谷友哉さん】
「僕らも(村の)ポスター、根負けして貼っていたけど、いまはもっと、十津川のPRできたらなと、だいぶ影響されてきましたね」
【上垣さん】
「たった一人で(復興キャンペーン)とか言っていたが、思えば色んな仲間ができた。それは感謝しかないですね」
去年9月、上垣さんは久々に、生産者のもとを訪ねました。
【上垣さん】
「お久しぶりです。八尾の方、いつもお世話になっています。みんな喜んでやってくれています」
【上湯川きのこ生産組合・西竜一代表理事】
「毎週、注文来ています」
大自然がはぐくんだ水で育てられたキノコは、村の優良特産品にも指定されています。
【上湯川きのこ生産組合・西竜一代表理事】
「ありがたいの一言。僕らがあまり(村の)外に出ていけない。県外にも行けない。見えないところでいろいろ動いてもらっているのは感謝。ありがたい」
【記者】
「(上垣さんは)バイタリティがすごい?」
【上湯川きのこ生産組合・西竜一代表理事】
「そうですね。パワーがすごいんでね」
【上垣さん】
「アイデアと行動だけでやっているので」
一方で、村の主要産業でもある観光は、水害後も思うように回復していません。
国道が整備され、年々訪れやすくなるのとは裏腹に、台風が紀伊半島を通るたび、被害が無くても宿泊のキャンセルが相次いでいるからです。
そうしたなか、1月13日から天満天神繁昌亭で始まった、十津川村のPR展示。
【十津川村観光協会・田花敏郎会長】
「8年前の水害では大変な被害を受けて、その後復興、お客さんも戻りつつあるが、毎年の台風で(観光客数が)上がったり下がったりの状態がずっと続くなか、十津川村の源泉かけ流し温泉、世界遺産のよさを、大阪の皆さんに広く知ってもらいたい」
この展示が実現したのも、上垣さんが知人の落語家から声をかけてもらったのが、きっかけでした。
【上方落語協会・桂文也理事】
「繁昌亭のお客さんは、中高年、我々と同じ世代。夫婦で来る人も多いし、『お母ちゃん、今度温泉行こうか?』『どこ行くねん?』『十津川(のPR)この間やっていたな!』、というきっかけが、なかなかいいじゃないですか。上垣さんにとっては、十津川村を広く知らしめることが、使命だと思っているんでしょうね」
【展示を見た男性客】
「なんか、陸の孤島に一時なったでしょ?水害で。それで、結構気になっていたので。すごいです。是非行ってみたいですね」
【上垣隆幸さん】
「観光PRって、村自慢しているようなところが多々ある。温泉がいい、景色がいい、世界遺産がある。ある意味、自慢話だと思う。本当にいいところです。それを1人でも知ってもらって、またリピートしてもらって、喋ってもらって、広めてもらえれば。やっている側としては、それしかないので、それが一番うれしいです」