「長官は辞任しろ!」「五つの要求を認めろ!」
新会期の香港議会は大混乱。施政方針演説をする林鄭月娥行政長官の声を遮り民主派議員が抗議し詰め寄る。プラカードを掲げ中国の習近平国家主席のお面を被り、さらに投影機で議場の壁に「五大要求一つも譲らない」とデモ隊のスローガンを映す。
抗議する気持ちは理解するが、民主主義の象徴である議会の運営を妨害することを市民はどう感じるのだろうか。
議会ではデモの発端となった逃亡犯条例改正案の撤回が宣言される予定が延期に。長官は議場を出たり入ったりしたが演説出来ず、事前収録した演説をテレビ放送する異例の対応に。議会もまともに運営出来ない状態の香港だが、事態はもっと深刻だ。
「マスク着用禁止」は…火に油を注いだ結果に
10月に入り、政府は抗議活動でのマスク着用を禁じる規則を施行した。地元メディアと大学の世論調査では6割が逆効果だと答えた通り火に油を注いだ結果で、デモ隊はさらに反発し、より過激になった印象だ。火炎瓶を使う機会も増え、地下鉄駅は当たり前のように襲われ、スターバックスや吉野家、元気寿司なども香港の運営会社の関係者がデモ隊を批判した、などの理由で破壊される。
中国に関係する施設も相次いで攻撃され、中国系銀行の支店やATM機、携帯電話メーカーの店も放火された。町の小さなマージャン店やゲームセンターまで破壊された(この店が親中国かどうかは不明)。「デモ隊を支持します」と張り紙する店もある。デモ隊は様々な店などを色分けして発信する。青は政府支持、黄色はデモ支持とリストが作られ、青なら抗議活動のターゲットになる。
深刻なのは社会に広がる暴力だ。大規模デモを主催する民主派団体のリーダーの男性が、繁華街で男数人に襲われハンマーで頭などを殴られ大けがした。来月の区議会議員選挙に立候補した女性が街頭で襲われたり、街でデモ参加を呼び掛けていた若者が男に刃物で腹などを刺される事件も起きた。
さらにデモを取り締まる警官が刃物で首を切られたほか、非番の警官がデモ隊に襲われ拳銃を奪われそうになったケースもある。護身のため非番の警官がペッパースプレーを持つようになったとの報道も。デモ現場で爆発物が見つかるケースも相次ぐ。
警察も「変わらず強硬」、デモ隊の暴力も「過激」に
一方で、市民の憎悪が向く警察は変わらず強硬だ。デモ隊を取り押さえる際、倒して首のあたりを膝で抑え体重をかけるような方法もとる。催涙弾はもちろん放水車でしびれる成分入りの青色の水を撒きデモ隊を追い払う。先日のデモでは青い水がイスラム教のモスクを汚してしまい、行政長官が謝罪に訪れる事態となった。
デモ隊も警察も市民も暴力的対応が目立つようになった。政府や警察はたびたびデモ隊を批判するが何も変わらない。すでに5か月近く。毎週のようにデモが行われ、街が破壊され、暴力が起き、市民が逮捕され、が繰り返される。毎日のように続く抗議活動で交通機関は大きな影響を受ける。地下鉄は夜10時で運行終了、空港行きの鉄道は一部の駅を通過、など。毎日のように市民生活に影響が出るが、市民の多くは淡々と過ごしているように見える。
ただ、その裏には「下手に抗議すると逆に攻撃を受ける」ことを恐れる空気がある。ある香港の人は「心の中にデモ支持や反対などの考えがあっても余計なことは言わないようにしている。多くの人もそうだ」と話した。確かに、デモ隊に抗議した市民が殴られ血を流す映像は地元メディアでも目にする。
現地メディア・サウスチャイナモーニングポストは、『暴力を恐れ声を上げない声なき大衆はいるのか』とのタイトルで市民の声を紹介する。「意見の違いが許されなくなっていると感じる。互いに考えを言わないムードになり、言論の自由が制限されるようになったと感じる」「どんな暴力的な行為も、自由と民主の言葉のもとに正当化されている」「カフェで妻とデモ隊はやり過ぎだと話していたら向かいの人がこちらを見るようになったので席を立った」「ある種のファシズムを感じる。私がひそかに“黒衛兵”と呼ぶデモ隊の暴力は、中国の文化大革命の紅衛兵を思い起こさせる。私たちの街がどこに向かうのか心配だ」。自由を求め戦うはずのデモが、社会に不自由・不寛容な空気を蔓延させているとしたら皮肉としか言いようがない。
次のヤマ場は…「11月の区議会議員選挙」
デモでこれまで2300人以上が拘束された。警察の催涙弾とデモ隊の火炎瓶の果てしない応酬を見ながら、これは何のためにやっているのか、そろそろ落としどころを探れないのかと考える。しかしデモ隊は、前線の過激な集団も平和的なその他多くの参加者も「香港人、抵抗しよう」の掛け声のもと一つになっている。「警察の暴力の責任追及」「逮捕されたデモ参加者釈放」「普通選挙」などすべての実現を譲らないことも、「ここでやめたら終わりだ」という決意も一致しているようだ。一方、政府には飲める要求もなく、一致点は見いだせない。行政長官は対話を呼びかけているが、デモ隊側は政府を信用しておらず、冷静な話し合いの場を作るのは困難だろう。
このままエスカレートすればデモ隊か警察かどちらかに死者が出るかもしれない。そんな悲劇が起きたら、さすがに落としどころを探ろう、と大きく転換するのか、むしろ激しさを増すのか。
次のヤマ場は11月の区議会議員選挙だ。1人1票の直接選挙で一定の民意を表せる。デモで市民の意識も高まり有権者登録する人が増え、政府に批判的な民主派が大勝するとの予測がある。ただそれを恐れてか、親中派から延期や中止を求める声があるという。行政長官は予定通り実施と強調するが、選挙運動中や投票所での妨害が起きれば「公正な選挙ができない」として延期や中止をするのではないか、との見方もある。
また、当局が雨傘運動リーダーの民主活動家・黄之鋒氏の立候補を認めない決定をしたことも、市民の政府への反発をよりいっそう高める要因になるとみられ、混乱は深まりそうだ。
一方、選挙で民主派が勝ったとして、あくまで区議会の選挙で、政府はデモ隊の要求に応じないかもしれないし、デモ隊が抗議活動を止めるとも思えない。新たな混乱と暴力を生む恐れもある。
双方が妥協する気配が見えないまま混乱は続いている。
(関西テレビ)