『本来の自然な姿で生活してほしい』
コアラを愛する獣医師との「最後の日々」に密着しました。
大阪”最後”のコアラ、天王寺動物園のアーク
【来園のこども】
「あそこおった!!」
天王寺動物園で飼育されていた12歳のオスのコアラ「アーク」
30年に渡ってコアラを飼育してきた天王寺動物園には、多い時で9頭のコアラがいましたが、「アーク」が最後の一頭となっていました。
2008年にオーストラリアのメルボルンから天王寺動物園にやってきた「アーク」。天王寺動物園で子どもも生まれ、「アーク父ちゃん」の名で親しまれてきました。
【西岡真 獣医師】
「いいでしょ風に揺られて。こうやって風に揺られるコアラなんて見れるところないんでね。アーク父ちゃんだけなんで」
獣医師の西岡真さん(50)
天王寺動物園にやってきて15年。コアラと生活をともにしてきました。
閉園の時間が近づくと、ユーカリの木に登っているアークを西岡さんが迎えに行く「アーク父ちゃんお迎えタイム」です。
アークとは特別な信頼関係で結ばれています。
【西岡真 獣医師】
「来たときにね、関空まで迎えに行ったんですよ。検疫室に入って、すぐ止まり木に登って行ったらすぐ窓に飛びついてね、外へ出たかったんやなぁと」
天王寺動物園が実現、世界でもまれな”自然な環境”
日本の動物園では、コアラは部屋の中で止まり木を組んで、そこで1日の大半を過ごしているといいます。
天王寺動物園でも以前は、1日2時間ほどしか屋外での展示は行ってきませんでした。
屋外での展示は騒音なども大きく神経質な性格のコアラにとって好ましい環境ではないと考えられてきました。
そうした固定観念を覆すべく4年ほど前から取り組んできた試み。
その名も「コアラをコアラらしくプロジェクト」です。
【来園のこども】
「コアラちゃん、登ったー、コアラちゃん登れー」
【来園者】
「すげぇ人気やん。新しい動物なん?」
コアラは本来高い木の上で生活する動物。そこで、ユーカリの木に登れないように幹の根元に設置していたアクリル板を取り払い、コアラが高い場所まで登れるようにしました。
【西岡真 獣医師】
「日差しの向きとか風の向きも考えながら快適なところを自分で選ぶんじゃないですか」
また、日陰が出来るように頭上の葉の位置を調整、コアラが座りやすいように枝を剪定するなど工夫を重ねました。
その結果、アークは1日中ユーカリの木の上でのんびり過ごすようになり、世界でも類を見ない展示が完成しました。
【来園の親子】
「木がゆらゆらしてるそこ、コアラさんも揺れてるみて、そこすごいね。ちょうど3歳なんですけど、3年間ずっと通ったんですね。なんで(イギリスに)いくんですかね」
飼育から「撤退」…アークは「イギリス」へ
天王寺動物園を管理する大阪市建設局は、2015年、動物を推進種と撤退種の2種類に分類する「コレクション計画」を策定しました。
この時、繁殖を維持することが難しく、エサのユーカリの費用が年間で約3200万円かかることなどから、コアラは将来的に飼育を諦めることが決まったのです。
【牧慎一郎園長】
「あの子が他のところに引き取ってもらうっていう可能性があるのかって、もっと初期にそういう議論もあったんですけど、それはなかなかその他の動物園で引き取ってもらえなかったので、そういう意味ではあの子を最後まで飼おうと。本当にこの春までは全く思っておりまして」
今年の春、アークを繁殖のために10年間、貸し出してほしいという依頼がイギリスの動物園から届きました。
コアラの寿命は15年で、現在12歳のアークが天王寺動物園に戻ってくる可能性は、0に等しいということです。
【牧慎一郎園長】
「でもね、さびしいっちゃさびしいのよ。ドライな判断をした立場ではあるんだけど。うちの飼育担当者もね、頑張ってたからね。だから悔しい気持ちもわかるんだけども、やっぱりそこは経営判断っていうんですかね」
悔しい気持ち、寂しい気持ち、やりきれない気持ち…。イギリスへの旅立ちの日が迫るこの時にも、色んな気持ちが西岡さんの胸の中にまだ残っています。
【西岡真 獣医師】
「いったん途切れたら、もうね…。技術にしろ、終わってしまいますよね。もったいないですよね。景気良くなったからまた飼おうかとはならないですからね。一からとなると」
『コアラはコアラらしく』
…道半ばでした。
別れの日、木から降りないアーク
アークが見られる最後の日。
ユーカリの林の周りには別れを惜しんで多くの人が訪れていました。
午後4時半、最後の「アーク父ちゃんお迎えタイム」
いつもの木の上で、風に吹かれるアークを西岡さんが迎えに行きました。
【西岡真 獣医師】
「最後やで。いままでありがとなぁ」
やさしく、そっと、アークの体をなでながら、ゆっくりと話しかけます。
アークも何か言いたいのでしょうか。西岡さんに顔を近づけます。
【西岡真 獣医師】
「ユーカリの頭上のアーク父ちゃんの姿を、皆さん、覚えていてくださいね」
最後の日の姿を撮影しながらも…西岡さんはアークのことが心配でなりません。
「しっかり向こうで繁殖してくれるかな」
「さよならだね」
「しっかり長生きしてね」
名残惜しいけれど、もう時間です。
西岡さんがお尻をなでて、木から降りようよと合図します。
でも、アークはこの日、なかなか木から降りようとしませんでした。
【西岡真 獣医師】
「帰るの、嫌やんね」
西岡さんはそう言って、寂しそうに笑いました。
時間をかけて、ようやく木の根元まで。
後ろ足から降りて、前足を地面につけたアークは…なぜかその場で動きを止めました。
そして、じっとお客さんの方を見つめました。
ユーカリの木の根元で、アークは立ち止まり見つめていました。
まるで別れを惜しむかのように。
そして、慣れ親しんだ天王寺動物園の景色を、目に焼き付けるかのように。
しばらくすると、今度は一転して振り切るように、アークは展示室の奥へと走り去っていきました。
『さようなら』
最後の姿を見ていたお客さんたちから、自然に拍手がわきました。
「ありがとうございました」
お客さんにお辞儀した西岡さん。
頭を上げ、最後にふと、ユーカリの木を見上げました。
アークはイギリスへと旅立ちました。
そして、都会の真ん中にはユーカリの大木が生えそろう林が残りました。
「コアラをコアラらしく」
コアラを愛する人々がつくりあげた場所でした。