西日本豪雨からまもなく1年。
大雨で私たちが避難する「きっかけ」は何なのか。
そして、命を守るために「いつ逃げる」のか。
西日本豪雨で生き延びた兵庫県宍粟市の住民の証言と、試行錯誤を続ける人たちの取り組みから考えます。
ギリギリの避難は…1本の電話から
兵庫県宍粟市の一宮町河原田。
1年前の西日本豪雨で、約20人が避難していた公民館です。
それまで浸水したことはなかったという、この場所。
しかし…
【河原田自治会・長田幸大 会長】
「朝飯食おうかと思ったときに、握り飯をここで食いかけて危ないと言われ。ぱっと見た時には外が川になっていた、目の前が」
雨が降りやんだ翌日の朝になって、突然、濁流が襲いました。
公民館の近くにある橋に流木などがつまり、水があふれだしたのです。
公民館の中にいた住民たち。外の異変をどうやって、知ったのでしょうか。
【河原田自治会・長田幸大 会長】
「連絡があったんです。この上の集落で最初の災害が、土砂が流れてきて。公民館も危ないぞと連絡があった」
1キロほど上流にいた住民から、危険を知らせる電話を受け、すぐに高台の別の場所に避難を始めました。
すぐそばまで水が迫るなか、なんとか高台に着き、振り返ると…自分たちがいた場所は川のようになり、橋や車が濁流にのみこまれていました。
この経験があったことで、地区の人たちの中では、自治体が出す避難情報の捉え方も大きく変わりました。
【地域の住人】
「避難勧告が出ると、雨が降ってなくても、風が吹いていなくても、避難します」
【河原田自治会・長田幸大 会長】
「避難する人が増えてきた。それと、川が濁ったとか、そういうことに敏感になりだした。経験がありがたかったのが、人的被害がなしで経験できたのがよかった」
避難成功のカギは…“危機察知力”
間一髪で、避難ができた住民がいる一方で、西日本豪雨では、各地であわせて237人が死亡しました。
(消防庁:今年1月時点 死亡者237人・行方不明8人)
防災の専門家は、住民が避難できた地域では、自治体からの避難情報だけでなく、自分たちで危険を察知していたと指摘します。
【京都大学防災研究所・竹之内健介 特定准教授】
「京丹波町の上乙見地区という地区がある。この地区は朝6時くらいにかなり大雨が降り始めた。それで大きな災害が発生するんですが、その時に消防団の人々が『これは今までに経験したことがない雨だ。異常事態だ』と気づいた。それをきっかけに(避難指示が出る前に)地域で声をかけあって、なんとか命からがら、避難に成功されている」
【京都大学防災研究所・竹之内健介 特定准教授】
「本当に(大雨が)降ったときに、地域にとって災害につながるような現象が起きる。そういった現象もしっかりと捉えながら、自分たちの家庭、地域ではどういうときに避難すべきかを考えておく必要がある」
住民が自ら…命を守る”避難スイッチ”を設定
避難を始めるタイミングとは。
まだ被害を経験していない地域でも、模索が続いています。
【兵庫・宝塚市 川面地区自主防災会 喜多毅会長】
「“避難スイッチ”というものを設定して、みんなで設定して、みんなで逃げようと」
兵庫県宝塚市の川面地区自主防災会。
このエリアには、約1万8000人が暮らしています。
このエリアは、武庫川とそこに流れ込む3つの支流に囲まれていて、いつ大きな浸水被害が起きてもおかしくありません。
そこで、自主防災会では、避難を始めるための基準を自分たちで作り、それを「避難スイッチ」と呼んでいます。
【川面地区自主防災会・喜多会長】
「合流地点ですね。荒神川(支流)とこっちが武庫川(本流)。川底から3分の2のところを危険な線(避難スイッチ)にしようと決めている」
地区内の支流には水位計がないため、危険な状態かどうか、自治体はすぐにはわかりません。
そこで、川の合流地点や川幅が狭いところなど8ヵ所をチェックポイントに設定。
水位が川の底から3分の2まで上がれば、「避難スイッチ」に達したと判断。
約140人の自主防災会が手分けして、住民に直接、避難を呼びかけることにしています。
【川面地区自主防災会・喜多会長】
「(Q:現場の確認は目視ということ?)目視です」
チェックポイントを見張るのは、その近くに住んでいる自主防災会のメンバー。雨が降っている時に、安全を確保しながら、水位を自分の目で確認します。
「これが去年の豪雨のときにここから撮られた(武庫川の)水位ですわ」
いつもの様子と比べると、手前の河川敷がなくなり、水に浸かっているのがわかります。このような変化を見張るのです。
Q:状況を知らせるときはどうする?
【川面地区自主防災会・森田大和副会長】
「LINE」
【喜多会長】
「(自主防災会役員の中で)LINEしていない人誰?という話になって、やっていないのが私と森田さんの2人だけだった」
【森田副会長】
「それで、その日の夜に(スマートフォンを)買いに行きました」
西日本豪雨のあと、自主防災会の役員たちは、LINEのグループを作りました。状況を写真などですばやく共有するためです。
さらに…
【喜多会長】
「気象情報と両方で判断して逃げようと」
気象庁が出す雨量や、本流の武庫川の監視カメラなどリアルタイムのデータを手軽に確認できるよう、自主防災会独自のインターネットサイトも作りました。
避難の呼びかけも、直接言いまわるだけでなく、自治体に地域の状況を知らせ、無線で呼びかけてもらうことも考えています。
いつ逃げる、避難のきっかけは…その備えを
去年9月の台風21号では、避難を呼びかける寸前になっていました。
川幅が狭く、水位が急激に上がる支流。近くに住む自主防災会のメンバーが見張る中、水位は「避難スイッチ」に迫っていました。
【川面地区自主防災会・北登副会長】
「急に水位が上がるので。30分おきには見ていないと、どれだけ水かさが上がってくるかわからないので。このときは、このあと、雨の降る量が急に弱くなったので、これ以上ひどくなることはなかったんですけど、もう1時間降っていたら、避難も考えないといけなかった」
【喜多会長】
「(自主防災会で)避難を呼びかけるところまではまだ経験していないので。指示を出すころまでには、住民にもっと(避難スイッチを)認識していただくように持っていきたい。ですから、研修会をし、実際に避難訓練をすることを重ねていきたい」
まだ被害を経験していない人たちこそ、避難について考えておく必要があります。
【喜多会長】
「『やいや言うから逃げたけど、何もなかったじゃないか』と非難される方がいるかもしれない。しかし、それが私にとっては100点満点のことなんです。そういう安全をとった行動が必要だと考えています」