(鳴り響く電話音)
医療スタッフ「はい、大阪どうぶつ夜間急病センターです。生野区から5分くらい、けいれんしていたが今は治まっているという、パピヨン15歳が来ます!」
深夜、大阪・玉造の静かな住宅街に次々と車がやってきます。そこに運ばれて来たのは…、交通事故で下半身をひどくえぐられた子猫や、家にあった何かを飲み込み呼吸困難に陥った犬など、重篤な症状の動物たちです。
女性獣医師「心拍110くらい。(処置器具を)開けて!」
緊迫した空気が張りつめるここは、夜9時から翌朝5時まで救命救急を行う夜間専門の動物病院「大阪どうぶつ夜間急病センター」。一般的な動物病院の診療時間は遅くて午後8時まで。家族の一員であるペットの命を救いたいー。飼い主は、わらにもすがる思いでここにやってきます。頼ることができる『最後の砦』が、このセンターなのです。
渡邊一郎・獣医師(29)「塚本さん、どうぞ。こんばんは、大ちゃん(犬)ですね。ちょっとふらつきが残ってる?」
飼い主の男性「1時間ぐらい前までは元気だったんですが、急に1時間くらい前から震え出して…」
渡邊獣医師「できたら血液検査とか、エコー検査をさせてもらいましょう。」
獣医師の渡邊一郎さん、29歳。この病院で働いて9ヶ月の、一番若い獣医師です。子供の頃に飼っていた愛犬を動物病院で親身に診てもらった経験から獣医師の道を志し、京都府内にある開業医の病院で3年間勤務。自ら志願し、去年の夏からここで救急救命医として働いています。
渡邊獣医師「一般の病院でも、緊急症例やずっと診ている子が体調を崩すことはあると思うんですけど、こんなにも命が切迫している状況で来る数が段違いに(この病院は)多いと思うので。夜間に開いている病院がなくて、心配で来られる方も多いと思うので、不安になっている飼い主さんの手助けになればと思っています。」
夜間病院に移った一番の理由は、より多くのペットを救う為。昼間に比べて夜間は緊急症例が圧倒的に多く、その背景にあるのが、ペットの”高齢化”です。獣医学の進歩とともに寿命は格段に伸びている一方で、糖尿病や心臓病、がんなど、人間と同様に年をとれば体のあちこちが悲鳴をあげます。ここ数年、犬の飼育頭数は減少傾向にある一方で、病気や怪我で命を落とす犬は増えているのです。
大阪府内に動物病院はおよそ800カ所ありますが、深夜0時以降の救急対応ができる病院は、ここを合わせてわずか3カ所しかありません。連日連夜、遠方から急病のペットが運びこまれてきます。
ディレクター「どちらから来られたんですか?」
飼い主の女性「和泉市からです。愛犬の息が苦しそうだったんで、どうしようか悩んだんですけど、もう眠れなくて…。夜間診療やってくれるというので安心感が違いますね。」
動物病院の多くは個人運営。夜間診療を行う余裕はありません。そこに危機感を覚えた大阪市の獣医師会の有志が資金を出し合い、4年前に立ち上げたのが、この夜間急病センターです。
「大阪どうぶつ夜間急病センター」小笹孝道・取締役副社長「我々は、昼間も開業して朝から晩まで診療していますので、そのあとで夜から朝まで診療するのは、無理があります。そういう状況から、”夜専門”の病院を開業しました。」
現在、25人の獣医師と看護師が交代でこのセンターで働いています。中には、昼間に自分の病院での診療を終えてから、夜は救急救命医としてここにやってくる医師も。
渡邊獣医師「ちょっとエコー検査だけやりましょう。」
医療スタッフ「ICU用意しています。」
自宅で急にぐったりと倒れ込んだという10歳の「イングリッシュ・コッカー・スパニエル」。心不全の恐れがあり、エコーで検査します。
渡邊獣医師「呼吸は落ち着いてそう。ちょっと飼い主さんと話してきます。」「心臓のまわりに水がたまったりはしていないんですよ。大きい異常は見つかっていないです。」
エコー検査や内視鏡検査などあらゆる手を尽くし、トラブルの原因を探す渡邊獣医師。しかし…、懸命な処置も実らず「落としてしまう命」を目の当たりにすることもあります。
渡邊獣医師「やっぱり治療させてもらっている中で、どうしても亡くなってしまうケースはある。そういった場に立ち会うと辛い。ちょっとでも命を救えるように、元気になって帰って欲しい気持ちがあるので、苦しい中でも生きて体力が上がって帰って欲しい。」
ペットは大切な家族。1つでも多くの命と向き合いたいー、そして救いたいー。救急救命医に志願した理由はここにあります。
1日の診療はおよそ20件、朝5時まで気は抜けません。この日も、一刻を争うペットが…
医療スタッフ「けいれん、きたよ。けいれんきました、今です51分…」
朝5時前。突如、慌ただしくなった診療室。そこには、急に大きく震えだした1匹の猫の姿が…、
渡邊獣医師「心拍ありますか?」
女性獣医師「ある、降圧もとれる。しんどいな…酸素入れといてあげて。」
渡邊獣医師「どっちなんですか?」
女性獣医師「けいれんだと思うよ。瞳孔も散乱しちゃってるし。がん病変ってこと?」
目線が定まらず、脳に異常が起きていることも考えられる状態。獣医師たちに緊張が走ります。
渡邊獣医師「降圧あります?」
女性獣医師「降圧あるよ!」
あらゆる危険性が伴う状態。まだまだ経験の浅い渡邊獣医師は、先輩医師の処置を見守ることしかできませんでした。酸素吸引を行い、鎮静剤を投与。懸命な措置を行い30分、一命を取り留めました。
女性獣医師「不整脈で倒れるなら(心臓)止まるから。発作であれば心臓が止まっている。でも、さっきの猫は止まっていないし、降圧はとれているし。」
救急医療に求められるのは”瞬時の判断”です。
渡邊獣医師「他の先生を見て日々学んでいます。色んなやり方があるので、そういったものを学んで、教科書に書いていないようなやり方もあるので、そういったものを学んでいきます。」
言葉を発さない動物たちの症状を瞬時に判断する。それが動物救急の難しさ。ここは優秀な医師を育てる貴重な場所でもあるようです。
朝6時。この日の診療が終了。
ディレクター「これは(袋の中身)何ですか?」
渡邊獣医師「差し入れで、牛丼があったんですけど、ちょっと食べる暇もなかったので、持って帰って食べようかなと。」
そして、自宅では帰りを待っている”家族”がいました。
渡邊獣医師「ただいま。」
ディレクター「猫を飼っているんですね。」
渡邊獣医師「もう1匹飼っているんですけど、恐がりなんで…、どっかいっちゃったかな?」
飼っている猫の元気な姿を見るのが渡邊獣医師のエネルギーの源。
渡邊獣医師「ペットブームがあって飼われた子(犬・猫)たちが、どんどん高齢になってきているので、(夜間病院の)数は増えた方がいいかなと思います。1か所に固まっていっぱいある訳ではなく、点在というか色々なところにあって、飼い主さんが安心して夜でも行ける所があった方がいいと思います。」