去年、会社員を辞めて29歳で京都の花街に飛び込んだ女性がいます。
実はこの女性、10代の頃に、一度この世界に入りましたが、挫折していたのです。
もう一度花街で夢を叶えたい。再挑戦する姿を取材しました。
舞妓を経験せず、芸妓からスタート
京都五花街の一つ、先斗町。
平成31年3月7日。
この日、新たに一人の芸妓が誕生しました。
秀知紗(ひでちさ)さん、29歳です。
【秀知紗さん】「おかあさん、おおきに」
【女将・中村さん】「おめでとうさんどす」
【秀知紗さん】「おたの申します。」
【女将・中村さん】
「謙虚に芸とお花にきばっておくれやす。」
ようやく夢のスタートラインに立ちました。
【秀知紗さん】
「みんなから必要とされるような良い芸妓さんになりたい。」
花街では、ほとんどの人が中学を卒業する10代でこの世界に入ります。そして5~6年間、舞妓として修業を積んだあと、20歳を過ぎた頃に芸妓になります。
しかし秀知紗さんは、29歳で花街に来たため、年齢のこともあり、舞妓を経験せずに、芸妓からスタートしました。
【秀知紗さん】
「周りは10代で目指してきて辛抱しているので、どうなのかなって年齢的にも思いますね。この年になると家族のこととか…、一番に考えるかなって…」
ここまでの色んな出来事や想いがよみがえり…秀知紗さんの目に、涙が溢れます。
花街に入るも一度「挫折」 夢を諦めきれず…
幼い頃から時代劇が好きで、花街に憧れていた秀知紗さん。実は秀知紗さんは高校を卒業し、一度花街に入りました。しかし、慣れない生活や「厳しいしきたり」に辛抱ができず、体調を崩すなど、半年も絶たない間に挫折したのです。
地元・新潟に帰り、大学卒業後は企業で働いていましたが、夢を諦めきれず、去年もう一度この世界へ戻ってきました。
37年間、芸妓として活躍した女将の中村珠子さん(63)。
中村さんも、企業で勤めてから26歳で芸妓になりました。
【女将・中村さん】
「大変な道を歩もうとしてはるなと思いますけど私と同じ。面接でずっと泣いてはるし、昔の自分が許せない。辛抱できなかったその気持ちがやっぱりそこまでしてやりたいなって思ってはるんだなっていうことですね。」
29歳で芸妓から…花街の厳しい現実も
芸妓は、三味線や舞いなどを宴席で披露し、人気が出てくると、なじみの客がつくようになります。しかし舞妓を経験していない芸妓は、デビュー時に花街での認知度が低いため、苦労するといわれています。
さらに、先に花街に入った人が先輩となるこの世界…10歳も離れる年下の子を『姉さん』と呼び、後ろを歩かないといけません。
つかの間の休日。
秀知紗さんは、休みの日でも頭から芸の事が離れません。宴席などでの、会話の幅を広げようと京都の歴史を学びます。
この日は建仁寺を訪れました。
【秀知紗さん】
「もう少しで鴨川をどりがあるので、初舞台になるので無事に終わるようにお祈りさせて頂きました」
憧れの「鴨川をどり」…女将が喝!『全然ダメ』
鴨川をどりは、明治5年から始まり、今年で182回目を迎えます。
年に一度、先斗町の芸妓や舞妓が舞台に揃い、日々磨いている芸を観客に披露する晴れ舞台です。
【秀知紗さん】
「憧れの舞台どすね、今から緊張しています。」
先斗町歌舞練場。本番に向けて、厳しい稽古が始まりました。
今年の鴨川をどりは、幼馴染の男女の恋物語と生涯の絆を描く舞踊劇。秀知紗さんは、お姫様の身の回りの世話をする侍女役を務めます。
【尾上菊之丞さん】
「『あっ泣いちゃったなどうしよ、こんな顔してみたらどうかな』…こっちに見えなきゃ意味ない、お客さんに!」
お姫様の赤ん坊をあやしていますが、どこかぎこちない秀知紗さん。台詞の指導でも厳しい声が飛んでいました。
【秀知紗さん】
「あどなさゆえのいじらしさ」
【尾上菊之丞さん】
「『あどなさゆえのいじらしさ』、(言葉のリズムを)切らないで。『あどなさゆえのいじらしさ、あどなさゆえのいじらしさ』、変わってないからね」
【秀知紗さん】
「きっと殿様に会いたくてたまらないのです。」
【尾上菊之丞さん】
「”普通の顔”して言いなさい」
台詞の言い回しが上手くいかないうえに、表情も作れません。
稽古が終わった後、宴席の準備のために中村さんを訪ねましたが待っていたのは厳しい指導でした。
【女将・中村さん】
「ちゃんと、『いないいないばー』ってやらないと。全然、振りだけ」
10年前、我慢が出来ずに挫折した彼女。しかしもう、あの頃の自分とは違います。
覚悟を決めて、もう一度花街に来た秀知紗さん。今度は悔いを残したくありません。
遠回りしてたどり着いた…だからこそ。
令和元年最初の日。鴨川をどりの幕が開けました。
何度も注意された赤ん坊をあやす場面。
稽古の時と、うって変わって、晴れやかな表情を見せます。
【秀知紗さん】
「あどなさゆえのいじらしさ」
過去の自分を乗り越え、秀知紗さんは、舞台を楽しんでいました。
芸妓になってから、約2か月間。女将である中村さんの目にはどう映ったのでしょうか。
【女将・中村さん】
「特訓して少しはマシにならはったのかなということは言いました。よく出来たとは死んでも言いませんけど。それなりにいけてる部分はあったのかな」
【秀知紗さん】
「芸妓という名の恥じないように、芸を一番頑張らせてもうて、お母さんやお姉さんに認めてもらえるような素直な芸妓さんになりたいと思ってます、おたの申します」
遠回りしてたどり着いた芸妓の道。
秀知紗さんは、一歩ずつ歩き始めました。