およそ140種類の動物たちが飼育されている『京都市動物園』(京都・左京区)。正月早々から多くのお客さんで賑わっていました。中でも人気者なのがゴリラです。現在、絶滅危惧種に認定され、日本国内に21頭しかいない『ニシゴリラ』。そのうちの3頭がここで暮らしています。18歳のお父さん・モモタロウ、32歳のお母さん・ゲンキ、そして2頭の息子で7歳のゲンタロウです。
去年5月、お母さんのゲンキが、お父さん・モモタロウとの間に、第2子を妊娠しました。ゲンタロウを出産後、なかなか発情せず、不妊治療も経験したゲンキ。ブログで妊娠の嬉しさを綴っていたのが、2年前からゴリラを担当している飼育員の安井早紀さん(32)。大学院で動物学を学び飼育員生活は5年目、今回初めてゴリラの出産に立ち会うため、様々な準備に追われていました。
安井さん「今、出産が近づいてきたので、(干し草を敷いて)寝る時にゴリラが暖かいというのもありますし、赤ちゃんが何かでこう落ちてしまった時にクッションの役割をしてくれるように。」
実は、すでに出産予定日が来ているにもかかわらず、なかなか動きがありません。お母さんのゲンキは現在32歳で、人間でいうと50代。安井さんにとって安心できない日が続きました。しかし…。
去年12月19日の夜6時半。お母さん・ゲンキに異変が起きました。突然、陣痛が始まったのです。そこから1時間半という速さで、男の子を出産しました。近づいてきたお父さん・モモタロウも、突然のことに、どうして良いのかわからない様子。飼育員の安井さんも喜びを隠せないようです。
安井さん「そうですね、無事産まれてきてくれたことはすごく嬉しいです。今のところ、ゲンキはちゃんと赤ちゃんを抱いてますので、赤ちゃんもちゃんと動いているので。一番これから大事なのは赤ちゃんがちゃんと授乳できているかどうか?が一番大事なので、もし、前回のようにお乳が十分出ていないということになれば、最悪の場合、”人工保育”ということも、まだ全然考えられる状況なので…。」
出産直後で一番大切なのは『授乳』。今は仲良く一緒に暮らしている、お母さん・ゲンキと長男・ゲンタロウ。実は7年前、ゲンタロウを出産したゲンキは母乳の出が悪く、出産5日後に人工保育に切り替えたのです。そこから10カ月にわたり、離れ離れで生活しなければならなくなり、再び引き合わせたあと、親子関係を修復するのに苦労した経験がありました。
今回は”3日間(生後72時間)”観察し、授乳ができているかどうかで、決断を下すことにしました。そんな安井さんは、お母さん・ゲンキに母乳で育てて欲しいという思いで、出産前から様々な取り組みを行っていました。
安井さん「ヒトのお母さんでうまくお乳が出ない人とか、どういうことをしてるのか調べたところ、ハーブティーとかがお乳の出に良いっていうのが載っていたりしたので、同じような効果があるかわからないですけど、気持ち的なものも含めてやっています。」
安井さん「(ゲンキにハーブティを飲ませる)おいしいですか?熱くない?いい子ですね。」
とにかく、お母さん・ゲンキの為になることなら、何でも試してみるといいます。
安井さん「ゲンキはこの(エサ)だと、キャベツとかブロッコリーとかは、比較的好きで早く食べます。ゲンキはあまり歯が良くなくて、消化があまり良くないので。」
エサは1日3回、主食は牧草なのですが、消化の良い野菜で栄養の吸収をよくしてもらおうと、キャベツやブロッコリーなどを与えています。お母さん・ゲンキの食欲は、かなり旺盛なようです。そして授乳観察の期限としていた3日間が経過し、4日目の朝を迎えました。この段階で、赤ちゃんが授乳できていなければ、今回も人工保育で育てることを考えなければなりません。
安井さん「今朝、すごくしっかり確認できました。吸っているんじゃないかというような、赤ちゃんのほっぺたが、ぷくって膨らむような様子も確認できましたので、ちゃんと一応、お乳が出ているんじゃないかなとは思っています。」
お母さん・ゲンキの母乳を勢いよく飲む赤ちゃん。今後はまだわかりませんが、まずはひと安心です。しかし、安井さんには出産直後から、もう一つ気になることがありました。
安井さん「だんだんとモモタロウが興奮してきたみたいで、走り回ったりとか、ゲンキに攻撃するような行動が見られていて、分けることにしました。」
お父さん・モモタロウは、赤ちゃんが生まれたことで次第にパニック状態に。そこで急遽、お母さん・ゲンキと隔離して落ち着かせることにしました。さらに長男・ゲンタロウも、ある変化が見られるようになりました。赤ちゃんにつきっきりのお母さん・ゲンキにあまり構ってもらえず、盛んにすねたような行動をとるようになったのです。そんな時は、安井さんが母親代わりになって長男・ゲンタロウをあやします。
安井さん「(Q.その荒れた手は?)私はよく遊ぶのでゲンタロウと掴んだりとかこそばしたりみたいな風に遊ぶので、それで結構ゲンタロウが爪を立ててくることがあるので、手が傷が付きます。」
お父さん・モモタロウと、お母さん・ゲンキが隔離されて6日が経ちました。お父さん・モモタロウに落ち着きが見られたので、試しに2頭を隔てていたドアを解放したのです。しかし、なかなかお母さん・ゲンキに近づこうとしないお父さん・モモタロウ。何度か接触するチャンスはあるのですが…。お父さん・モモタロウが恥ずかしがっているようです。
安井さん「まぁ、ゲンキの方がモモタロウに近寄って行ったりもしているんですけど、逆にモモタロウの方が、どうしていいかわからないみたいで。本当にすごい微妙な距離感で赤ちゃんのことをじっと見たりしています。」
お互い、まだ緊張はしてはいますが、同居には問題はないと判断し、1月2日に新しい家族を一般公開することにしました。親子4頭で、初めて屋外の展示場に。赤ちゃんを見たお客さんは?
男性客「チラチラっと見えているのが、可愛く見えました。」
女性客「ゲンキのおっぱいが出てよかったです。」
初めてゴリラの出産を担当し、なんとかお客さんに見てもらえるところまでたどり着いた安井さん。
安井さん「日本にニシゴリラは22頭しかいない状態で、なかなか厳しい現状なので、ゲンキもあんまり若くはないので、次々っていうわけにもいかないと思うんですけど、できるだけ子どもを残してもらえるんだったら、頑張ってもらいたいなという風には思いますし、たくさんのゴリラたちに会える状態にしていければと思っています。」
これからも、様々な困難が起こりうるゴリラの飼育。安井さんは大きな目標を胸に挑み続けます。