大阪・北新地のクリニックが放火され、26人が犠牲になった事件から、ちょうど2年が経ちました。
クリニックの院長も犠牲となった一人です。その妹が事件後、クリニックの元患者と交流を深める中で、大きな決断をしました。
■事件から2年…生き方が変わった一人の女性
2021年12月17日。大阪・北新地にある心療内科クリニックで突然、ガソリンを持った男が火を放ち、院長やスタッフ、患者あわせて26人の命が奪われました。
【クリニックの患者】「先生亡くなったんですよね。すごくいい先生でした」
【クリニックの患者】「2週間に1回、先生に話を聞いていただければ、すごく楽になるんです。がんばろうって。それなのに、ひどすぎるよ」
警察は、患者だった谷本盛雄容疑者(当時61歳)による犯行と断定。防犯カメラには、火を放った後、自らも炎に飛び込む様子が記録されていました。
孤立と貧困から自暴自棄になり、他人を巻き込むいわゆる“拡大自殺”を図ったとみられ、谷本容疑者は死亡のまま不起訴処分となり、捜査は終結しました。
この事件をきっかけに、生き方が大きく変わった女性がいます。伸子さん(46歳)は、事件に巻き込まれ、亡くなったクリニックの院長・西澤弘太郎さんの妹です。
伸子さんは、兄のクリニックに通っていた人たちの苦しむ様子を報道などで知ってから、元患者たちが集まるオンライン集会に参加しています。障害者のためのWebメディアを運営する川田祐一さんが、心のよりどころを失った元患者たちが集まれる場所を作りました。伸子さんは、そこで多くの元患者と交流しています。
【障害者ドットコム 川田祐一代表】「早かったですね。この2年間どうでした?」
【伸子さん】「あっという間な感じがします」
川田さんや伸子さんが配信するYouTubeライブを通して、たくさんの元患者たちがチャットでやりとりしています。
【YouTubeライブのチャットに寄せられたコメント】「くじけることはありましたか?」
【伸子さん】「くじけることはないですけど、立ち止まることはありますね、やっぱり。ちょっと突っ走ることがあるので。何かを見た時に、はっとさせられることはあります」
伸子さんが、生前多忙だった兄の西澤院長と会えたのは正月くらいだったそうです。元患者たちから話を聞いて、医師としての兄の姿を初めて知りました。
■悩む人に寄り添うための新たな一歩
兄の元患者たちとより深く関わりたいと、実際に会うようにもなりました。発達障害で通院していた人や、心の病で休職し、職場への復帰を目指していた人たちです。
【元患者】「体調が悪かった時に、(クリニックが)すごく心の支えになっていました。まだ私の中で、西澤先生は今もきっと見ていると思うので、今も西梅田の心のクリニックの診察券を毎日持っていて、お守りです」
【元患者】「(西澤院長と)顔、目元、非常に似ているなと思うところはありますね。伸子さんを見ると、西澤先生を思い起こすような」
信頼される医師だった兄の代わりに、少しでも自分にできることをしたいと、伸子さんは考えています。兄も学んでいた講座で心理カウンセラーの資格を取り、悩みを抱える人に向き合うため模索してきた伸子さんは今年、新たな一歩を踏み出しました。
12月のある日。奈良県五條市にある「生蓮寺(しょうれんじ)」というお寺で、お経を唱えながら手を合わせる伸子さんの姿がありました。伸子さんは、これまで以上に悩みを抱える人に寄り添うため、仏門に入ることにしたのです。
半年前から修行を始め、お経の唱え方や仏教の考え方を学び、この日は僧名を得て出家する、得度(とくど)式を迎えました。
【伸子さん】「仏教の教えというか、やっぱり手を合わせて祈るとか、何かよりどころを持つとか、何かよりどころを見つけるということが大事じゃないかなという風には思っています。それをいろんな人にも分かってほしいなって。大切だっていうことも、伝えていきたいと思います」
■「生きていて欲しかった」初めて言葉にした思い
事件から間もなく2年となるこの日、伸子さんは、兄の家族やクリニックの元患者、およそ50人を招待して、ピアニストの友人と演奏会を開きました。
【伸子さん】「今のこの前の棚に26本の花を置かせていただいています。この26という数字は、この事件でお亡くなりになられた方の命の数です。まだまだ悲しみで前に進めておられない方、悲しみと共に生きておられる方、そんな方々のために、音を通して人とのつながりが生まれますようにと願っています」
伸子さんは、心理カウンセリングの音楽療法で用いられる弦楽器「モノリナ」を使って、演奏を披露しました。曲のタイトルは「人と音に寄り添う~Sound of soul~」。
「自分にできることを」と模索し、走り続けてきた伸子さん。演奏の後、これまで胸にしまっていた兄への思いを、初めて言葉にしました。
【伸子さん】「私にとって、あのことがまだ現実だったのか、夢だったのか分かりません。あなたがいなくなってから、私はいろんな質問を受けました。でも、言わなかったことがあります。思っていても口に出せなかった言葉です。あなたに生きていて欲しかった。あんなことがなかったらよかった。もっと先に、あなたと思い出話をする予定があったから。あなたに会いたいです。普通に会いたいです。これが私の本当の言葉です。どうかあなたを知る人を空から見守っていてください」
そして取材班の質問には、次のように答えました。
Q.兄・弘太郎さんは、伸子さんをどう思っていると思いますか?
【伸子さん】「『ほどほどに』って言っていると思いますね、いつも。『そんなにやらなくてもいいのに、普通に暮らしていたらいいのに』って言っている気がしますね。応援はしてくれているでしょうね、きっと。でも、ちょっと心配もしながらじゃないですかね」
兄の死をきっかけに出会った人々に、これからも手を差し伸べていきます。
(関西テレビ「newsランナー」 2023年12月14日放送)