重症度を問わず「どんな患者も受け入れる」 救急現場で改革続ける医師 こだわったのは患者を断らない『ER型救急』 “マンパワー不足”を抱えつつ…目指す理想の救急医療とは 2023年11月04日
大阪府でも有数の総合病院で、救急医療の改革を託された、ある男性医師。
救命救急の現場では、重症患者以外は受け入れを断ることも多い中、「絶対に“断らない”病院を作る」という、強い意思のもとで取り組んでいます。
重症度を問わず、どんな患者も受け入れるという確固たる思い。理想と現実の間で、信念を貫く姿に迫りました。
■全ての患者を受け入れる“ER型救急”の実現を目指す
大阪の医療の中核を担う「大阪赤十字病院」で、救命救急センターのトップを務めるのは、水(みず)大介医師(43)です。
水医師は、国から救急部門全国1位の評価を9年連続で受けている「神戸市立医療センター中央市民病院」に18年間在籍。そこで現場の柱として、多くの命を救ってきました。そして2022年7月、大阪赤十字病院に部長として異動してきたのです。
託されたのは、地域の命を救う最後のとりでといえる“救命救急センター”の改革。大阪赤十字病院は大阪府でも有数の規模を誇っていますが、ここ数年、救急部門に大きな問題を抱えていました。
【大阪赤十字病院 水大介医師】
「この病院に、どういう理由かは分からないが、救急医が2、3年いなかった。それをもう一回やり直すという意味で(病院が)救急医を探していると。僕は神戸の中央市民病院でやってきましたけど、(そこでの)ああいうシステム、救急医療をあそこだけじゃなくて、他の病院でもできたらいいなというのは、ずっとあったので」
水医師がここで実現を目指すのは、“ER型救急”と呼ばれる形です。これまで日本で一般的だった救急は、命の危険があるような重症患者を受け入れ、救急医が診断を下し、処置から集中治療まで全てを行うものでした。
それに対しER型救急は、患者を重症度に関係なく、全て受け入れます。そして救急医が診療し、状態を判断。緊急ではない患者は帰宅させ、急を要する場合は必要に応じて、各専門の医師に診療を依頼します。多くの救急患者を受け入れられ、専門医は専門分野の診療に集中できるメリットがあります。
【大阪赤十字病院 水大介医師】
「僕はER型というのにどうしてもこだわる。実際に運ばれてくる人は、そこまで重症じゃない人のほうが圧倒的に多いので。3次(重症患者の救急対応)だけやっていると、そういう(重症ではない)人をうちは診ません、とお断りする形になる。救急で診てほしい人は診ます、という医療をやりたいんです」
■延命治療をすべきか…判断を迫られる時
【救命救急医】
「80代男性で、うちはほぼ初診。娘が訪問したら倒れていた。意識障害」
この日、受け入れ要請があったのは、80代の男性患者。水医師が、若手の救急医と共に状態を調べます。
【大阪赤十字病院 水大介医師】
「聞こえますか!頭(の疾患)やで」
患者に再度声をかけます。
【大阪赤十字病院 水大介医師】
「聞こえますか!」
患者が水医師の声かけに反応しました。
【大阪赤十字病院 水大介医師】
「今、CT待ちか…。これ頭(の疾患)だったら(気管)挿管せなあかん。息がもたない」
“気管挿管”とは、気管に通したチューブで酸素を送ることです。より詳しい状態を把握するため、CT室へ。検査の結果、男性は脳に出血が起きていました。また、呼吸の状態も非常に悪かったため、すぐに脳外科の専門医に連絡を取ります。そして、患者の家族に状態を伝えました。
【救命救急医】
「(患者の)家族に、脳出血があります。気管挿管が必要になるかもしれないと伝えたら、本人が痛いことはしないでほしいと言っていたから、そこまで積極的には希望しないと。ただ、回復の見込みがある状態なら希望します。延命治療って感じになるなら希望はしないと思います」
【大阪赤十字病院 水大介医師】
「本人に聞いてもいいんじゃない。今、意識あるなら」
患者本人に意思確認をします。
【大阪赤十字病院 水大介医師】
「脳出血を起こしています。今すごく喉がゴロゴロ言っているんですが、もう少し状態が悪くなったりすると、喉に管を入れたりしないといけなくなる。喉に管を入れて人工呼吸器につなぐような治療は希望されますか?嫌なら手をグー(の形にしてください)。分からん?」
水医師の言葉に反応しているような様子は見られますが、明確な意思表示はありませんでした。脳外科の医師にも意見を求め、改めて患者の家族の元へ。
【大阪赤十字病院 水大介医師】
「意識をなくしてご飯も食べられないということを、本人は望まないのでは、と思うのであれば、そういう治療(気管挿管)は望まれるものではないのかもしれない。本人が、何が何でもがんばろうって思う人だったら、そういう治療は一つの選択肢にはなると思います」
【患者の家族】
「でも、生きたいんですよ、父は。普段から生きたいって言っている。でも、主人の母(患者の妻)が同じように(気管を)切開して、それを父は“あそこまでして生きたくないわ”と言っていたんです」
“命を救う”という判断の難しさ。そういった場面で水医師は、何度も本人や家族と向き合い、話を聞きます。
難しい判断に迫られた家族は、患者にこう声をかけていました。
【患者の家族】
「元気やったのになぁ。じいじ、ここに機械をつけたら息が楽になるって。でも、(そうすると意識がなくなるので)私の顔が分からなくなるって。どっちがいい?しんどいな」
医師も家族も悩んだ末に、答えを出しました。
【大阪赤十字病院 水大介医師】
「挿管してほしいということなので、やりますね」
気管挿管を行うことにしたのです。
【大阪赤十字病院 水大介医師】
「これで良かったんですかね。分からないですけど、つらいでしょうからね。あのままだと呼吸で亡くなりそうな気がしたので。本来の病気と違う、それ(呼吸)さえ良ければ、命はちゃんと守れそうなので。無理やりやるつもりはないですけど…ご家族に判断せよ、と言っても、難しいですよね」
■課題は「夜間」の対応 “受け入れ低下”をカバーするには…
水医師がこの病院に取り入れた“患者を断らない”ER型救急。しかし、課題も多くあります。その一つが、夜間の対応です。
【看護師】
「初診の78歳女性。腹痛、嘔吐、3日前から。おなか全体の痛みと黒色便が出てるって」
【当直医】
「今バタバタしてるからなぁ。お断りしよう」
【看護師】
「すみません。今、医師に確認したんですけど、重症対応中で難しいそうです。申し訳ありません」
この病院には今、水医師を含め救急医が3人いますが、この人数では夜間に救急医を配置することができません。そのため、各診療科の医師が持ち回りで担当していますが、専門分野ではない患者を診ることのリスクを考えると、受け入れ率は大幅に落ちてしまいます。
【大阪赤十字病院 水大介医師】
「(患者の受け入れ率は)日中は70、80%くらい。夜間はひどい時で20%ちょっとぐらい。これは体制の違い。(夜間は)救急医もいないですから」
改革の過程で、時に意見がぶつかることも。手術の予定が多い日の救急患者の受け入れについて、病院側と電話で議論している時のことでした。
【大阪赤十字病院 水大介医師】
「救急隊が“これ手術です”って言ってくれるんだったらいいですよ。手術かどうか分からない人を、断るということを許可しますか?僕ら救急医の発想は“え、なんで?”なんです。“なんでこの人は手術が必要と分かるの?”って、今の僕らに。まず(患者を)受け入れる。僕ら救急はER型救急をやりたいので、全部取ったらいいじゃん、って思う。僕らは(患者を)全部取るつもりでいます。僕は来た時から一切変わっていませんので、ご安心ください」
やや衝突していた様子ですが、このやりとりについて、水医師は苦笑しながらこう話しました。
【大阪赤十字病院 水大介医師】
「さっきの(電話)は、前向きなあれです。ここの救急がどうやったらもうちょっと搬送を受け入れやすくできるか、という。(手術の)可能性があるんだったら、受けなくていいと思う(各診療科の)先生達もいるはず。そうなると非常に多くの救急患者を断ることになる。それが理想的かといわれると、少なくとも僕の目指している救急としては、理想的ではない。そこをどう病院(全体)としてコンセンサスを作っていくかです」
そんな考えのもと、救急で働く仲間を増やすために、新しく始めたことがあります。
【大阪赤十字病院 水大介医師】
「今月から検査部の協力を得て、腹部エコーと心エコー(の実習)。皆さん、研修医向けと言ったら変ですけど、当て方などの実習をしてくれるという形で快く承諾いただいたので」
これまで大阪赤十字病院には、研修医が救急の基礎を学ぶ機会が不足していました。そのため、水医師が病院にその必要性を説明して、研修を始めました。
【大阪赤十字病院 水大介医師】
「外から救急医を連れてくるのは難しい。どこも救急医は不足しているので。ここの研修医から、救急をやってみたいという人を救急医として育てていく方が確実かもしれない」
誰も断らないために、やれることは全てやります。
■救急医療は必要不可欠な「インフラ」
ある日、致死量を超えるほどの大量の薬を飲んで意識を失った女性が運び込まれました。
【救命救急医】
「7時21分に救急要請されて、これは搬送せんといかんと。でも病院が全然決まらず、1時間後にうちに決まった」
【大阪赤十字病院 水大介医師】
「何らかの中毒を疑う形ですけど。(搬送に時間がかかったのは)どこも受け入れてもらえなかったみたいですね」
【救命救急医】
「もともと発達障害の既往がある。3年前に福岡で自殺企図を起こしたが、どういう自殺企図か詳細は分からない。(患者の)お母さんは和歌山にいるけど、疎遠。おばさんとも1年以上会っていなくて疎遠」
水医師は救急医たちが処置する様子を見守っていました。
【大阪赤十字病院 水大介医師】
「(処置が)駄目だと思ったら手を出します。(後輩医師を)ぱっと見て行くのは間違ったことはしていないだろう。全部手を出していると育たないですし」
女性はこの後、集中治療室で処置が続けられ、意識を取り戻しました。
【大阪赤十字病院 水大介医師】
「救急医療は“インフラ”だと思っている。必要だと患者さんが思った時に、ここに行けば診てくれるというところは、僕は必要だと思っています。病院全体が救急医療をやらないといけない、やるんだよっていうような気持ち。そこを持てるような病院になればいいなと思います」
この思いは、ここに異動してくる前から変わっていないといいます。
【大阪赤十字病院 水大介医師】
「変わってないです。(考えは)全然曲がらないですよ」
“絶対に断らない”。変わらない信念が、命を守る最後のとりでを作り上げていきます。
(関西テレビ「newsランナー」2023年11月1日放送)