大阪・舞洲につくられた“仮想災害現場”。広大な土地にがれきや土砂が積み上げられ、リアルな災害現場を再現しています。ここで大阪市消防局が行ったのは、“27時間ぶっ通し”の超リアルな救助訓練です。大阪市を中心に、大阪府、兵庫県の消防隊員も含め計40人が参加し、海外での大地震を想定して実施された訓練。その過酷な27時間に密着しました。
■日本代表の隊員が臨む過酷な訓練
海外で大災害が発生した時、日本を代表して現地に向かう“JDR(国際緊急援助隊)”という救助チームがあります。5万人以上の死者が出た、今年2月のトルコ・シリア地震など、各地の災害現場で活動している部隊です。大阪市消防局では、25人の隊員がJDRに名を連ねています。市消防の約400人の中から選抜された、まさに精鋭の隊員たちです。
JDRに所属する大阪市消防局の隊員のために行われた今回の訓練。セッティングを担当するのは、同消防局の森下さんです。このためだけに用意した建物を土砂で埋めて、災害の状況をリアルに再現していきます。
【大阪市消防局 森下健太郎消防司令補】
「コンクリートの下に入ってしまうと“大丈夫ですかー!”くらい(の声かけ)では聞こえないです。小さい声とかコンコンと叩く音、そういう微弱な音や空気の振動を拾っていく」
訓練用の人形や、同僚隊員が扮する要救助者役には、名前や家族構成などの細かい設定があります。過去に隊員としてこの災害救助訓練を経験した森下さんは、救助者に寄り添う気持ちが大切だと話します。
【消防司令補 森下さん】
「訓練人形だから、生体(人)だからと思ったことはないですね。全て助ける人と思って活動してきました。実際に災害現場に派遣されたときは、この状況よりもっと過酷だと思います。過酷な所で折れない心、強さも養ってほしいです」
■“72時間の壁”…救助活動の鍵は“時間”
災害時の救助活動において、災害発生から72時間が経過すると生存率が著しく低下する、いわゆる“72時間の壁”が存在するといわれています。
訓練開始から、ミーティング、資材の準備、出国までの流れを実践し、災害現場に着いた頃には丸2日が経過。すでに、72時間の壁まで残り19時間に迫っている、という設定でスタートします。
【隊員】
「誰かいますかー!」
まず、要救助者の捜索に取り組んだ隊員たち。この敷地にセッティングされた“要救助者”は16人います。しかし隊員たちには、どこに何人いるのか、全く情報は与えられません。さまざまな方法を使って場所を絞っていきます。
訓練開始から1時間経ち、最初に現れたのは、陥没した道路に取り残された要救助者です。
【第1小隊 田中真也隊長】
「陥没の所のアプローチ、際からいくと崩壊するのでなし。だからロープレスキューで」
さらなる崩落も予想されるため、不用意に近づくのは危険。陥没箇所の対岸にロープを渡し、慎重に作業を進めることが救出への近道です。救助隊はテンポよくロープを張り、陥没したところへ降りていきます。ここで最初の救助に成功しました。
【隊長 田中さん】
「(チームでの)コミュニケーションがようやく取れてきたかなというところですね」
その後、4人の救出に成功し、72時間の壁まで残り10時間となった頃。救助隊の前に、最大の難関が現れました。
【消防司令補 森下さん】
「どういう風に“パンケーキ(クラッシュ)”になっているのか、まず把握することが難しいんです」
“パンケーキクラッシュ”とは、建物が何層にも渡って崩壊し、まるでパンケーキのように平たく押しつぶされる現象のことです。トルコ・シリア地震でも多発し、多くの人の命を奪いました。
姉妹2人が建物の1階部分で下敷きになったという想定で救助を行います。隊員たちは積もったがれきのせいで、建物の上からしか状況を確認できません。そのため、助けを待つ人がどこにいるのかを判断するのは非常に困難です。
【第3小隊 金原慎太朗隊員】
「思っていたよりも過酷です。無理やり崩したら、要救助者が下敷きになってしまう。そこも気を使いながらの作業です」
この難題を前に隊員たちは、コンクリートに小さな穴を開け始めました。これは“サーチングホール”と呼ばれるもの。穴に小型カメラを差し込み、建物のどこに人がいるのか、状況を確認していきます。
【隊員】
「ストップ!手があった」
「今な、(要救助者の)手が見えてるねん」
「声が聞こえます。仰向けです」
「あなたの足元にお姉さんがいてはるんやね。分かりました」
作業は前に進んでいるように見えますが、森下さんは浮かない表情。
Q.違う所を攻めている?
【消防司令補 森下さん】
「はい。今はこちら側にいる要救助者(妹)の状況が分かっています。しかし、左側(にいる姉)の状況が分からない」
救助隊は、サーチングホールによって妹が閉じ込められている位置はつかめたものの、姉の位置を正確につかめずにいました。そのため、姉の位置を再度確認しようと、本来破壊しなくてもよいコンクリートの作業に取りかかってしまったのです。
【消防司令補 森下さん】
「(確認には)かなり高い技術が求められるので難しいところです。なんとか救出してほしいんですけど…」
時間を大きくロスしてしまった救助隊。72時間の壁まで残り5時間となりました。しかし、助けを待つ人がいる中で、諦める訳にはいきません。
【隊員】
「間もなく向かいますからね。もう少しがんばりましょう」
要救助者に声をかける隊員たち。必死の救助活動の中、夜が明けてきました。
【隊員】
「もうすぐです。がんばりましょう」
「1、2、3!OK、しっかり持って」
「よくがんばりましたね」
作業開始から13時間経過。救助隊は、なんとか姉妹2人の救出に成功しました。
一方、この救出作業で当初の予定を大幅にオーバーしています。72時間の壁まで、残り2時間です。遅れを取り戻すためにわずかな休憩時間も削っていて、救助隊の疲労はピークの状態です。
■タイムリミットが迫る中、最後の試練とは
このタイミングで森下さんは、最後の試練を用意していました。それは、大量の土砂に埋もれた小屋です。中には要救助者が埋まっています。この救助に必要なのは、技術や知識ではなく、ただ掘ることです。
【消防司令補 森下さん】
「一番しんどい時に一番しんどいことをやってもらう。心が折れると思うんですけど、根性論も大事になってくる。折れてしまうか、継続してできるかを見たいです」
【隊員】
「よっしゃ、いこう!」
最後に物をいうのは、“気力”です。生死を分ける72時間が迫っています。
【隊長 田中さん】
「絶対助けられる。あと30分しかない、がんばろう!」
【隊員】
「出すぞ!絶対出すぞ!」
「もうちょっとやからな、がんばれよ!」
およそ70キロある要救助者を土砂から救出することは、容易ではありません。救助隊は何度もトライしますが、なかなかうまくいきません。そして、ついに…。
【訓練本部からの無線】
「現在時刻をもってJDRの活動を終了します」
ついに72時間の壁を超えてしまいました。これで訓練は終了、と思いきや…。
【隊長 田中さん】
「あと1回だけ」
絶対に諦めたくない隊員たちは、泣きの1回にチャレンジ。目の前の人を救うため、チームの思いを一つにします。
【隊員】
「いくで、これラストやで。いくで。1、2、3!」
「いける、いける、いける!」
「OK、出た!救出!」
ついに救出に成功し、訓練が終了。この厳しい救助訓練について、隊員たちは次のように話しました。
【第1小隊 大江健介隊員】
「救助活動は一人ではできないということを今回の訓練で実感しました。実際の災害を想定して、今後も自己研さんに励みたいです」
【隊員 金原さん】
「初めて会うメンバーとコミュニケーションを取ったりして、要救助者を助けられた場面もあった。僕が持っている技術を発揮できたのかなと思います」
最後に救助した小屋の底には、もう1人要救助者が残されていました。最終的に救助できたのは16人中10人と、全員の救助は叶わず、課題も残りました。
【消防司令補 森下さん】
「一見長いように見えて、短い時間。1分、10秒、1秒、この積み重ねが最終的に無駄な時間につながっていきます。(隊員には)この悔しさをずっと持っていただいて、今後もレスキューの道を励んでいただきたいです」
実は森下さんによると、この訓練、時間内に全員を救助できない設計にしているそうです。「満足させるのではなく、悔しい思いを持つことが大切」とのこと。この経験を元に、きっと多くの命を救ってくれるはずです。
(関西テレビ「newsランナー」 2023年10月25日放送)