けがで“片目失明”のサッカー選手 不可能といわれた復帰を果たす 「けがをした今も目標は変わらない」 再び世界大会出場を目指し始動 2023年09月29日
トレーニング中の不慮の事故で片目の視力をほとんど失い、失明の危機に陥ったプロのサッカー選手がいます。不可能だと思われた現役復帰を果たし、再び憧れの舞台に立つことを目指しています。
「誰も見たことのない世界」で戦う姿を追いました。
■右目の視力をほとんど失う…しかし4カ月でプレーに復帰
ニュージーランドの街で白杖を持って歩くのは、サッカー選手の松本光平さん(34)。
【松本さん】
「(ここは)ハミルトンのメインストリートです。目が見えている時ですら観光したことなかったので。どこに何があったりとかはなんとなく分かるけど」
この国で過ごすのは、目に障害を負ってから3年ぶり。8月からこの異国の地で、一人で暮らし始めました。目指すのは、もう一度“あの舞台”に立つことです。
現地のスーパーで果物などを手に取り、買い物をする松本さん。
【松本さん】
「あまりちゃんと見えないので、たまにとんでもなく腐っているのを売っている時があるので。値段は見えないので、目が見えた時の記憶で買っているんですけど」
高校卒業後、単身で海外にわたり、ロンドンにあるサッカーの強豪、チェルシーの下部組織から始まり、ニュージーランドなど多くのチームでプレーしました。
そして2019年、クラブ世界一を決めるクラブワールドカップにオセアニア王者の一員として日本人唯一の出場を果たします。
しかし、納得のいくプレーができず、もう一度出場することを目指してニュージーランドでトレーニングをしていた矢先のことでした。
【松本さん】
「長いチューブを壁にかけて引っ張って背中を鍛えるトレーニングをしている時に、チューブを留めている金具が外れて、引っ張った勢いでパチンコみたいな感じで飛んできた金具が右目に刺さって。こっちに金具、こっち(左目)にチューブみたいな感じで、やっちゃいました」
日本に帰国し緊急手術をしましたが、右目の視力をほとんど失い、左目の視力も0.01以下に。
松本さんが見ている世界は、右目がほぼ真っ白で、左目もぼんやりと見える程度です。これまでと全く違う景色に、最初は歩くだけで転んだり、すぐに気分が悪くなったりしたといいます。
医師からは再びサッカーをやることは無理だと言われましたが、それでも懸命のリハビリを続け、わずか4カ月でプレーできるようになりました。
【松本さん】
「サッカーに復帰するためには早く手術してリハビリするしかないので、ポジションが右サイドバックで、こっちタッチラインなので、じゃあ右目の視力いらないかなって、左目があったらサッカーできるなって思って今も続けています」
■けがをした今も目標は変わっていない
けがをしても前を向き続けた松本さん。左目ですらボールがぼんやりとしか見えないため、以前より細かいプレーが難しくなったと感じ、克服するためにフットサルを始めました。さらに視界のハンデを補うため、目と脳のトレーニングも取り入れています。
【松本さん】
「この目の障害でハンディキャップがあるかもしれないけど、目をけがする前からクラブワールドカップに出るっていう目標があって、目をけがした今もそれは全く変わっていないので、その目標を達成できるようにするのが大事だと思っています」
今年、およそ1年間所属したフットサルのチームを退団。海外でプロのサッカー選手として復帰するため、特別なトレーニングも始めました。コーチが松本さんの死角からタックルします。
【コーチ】
「この角度でも見える?」
【松本さん】
「当たる瞬間にぱっと(コーチが持っているパッドの)青いのが見える感じ」
再度コーチがぶつかっていき、吹き飛ばされるようによろめく松本さん。
【コーチ】
「こっち側(右側)やっぱり弱いよね」
このトレーニングについて、松本さんは…。
【松本さん】
「オセアニアにいって、フィジカルで当たり負けないとか、ぶつかりあいが日本よりも多いので、そこで勝てるようにしないと試合に出られないと思うので、向こうに行ってしっかりと活躍するために今フィジカルの能力を高めていっているところです」
障害を負ってから、体にはこれまで以上に負荷がかかるようになり、日々のケアも欠かせません。病院でアキレス腱の治療を受ける松本さん。
【医師】
「アキレス腱に炎症が起きているので、その痛みを軽減させるために“対外衝撃波”という新しい治療(を施している)。組織にダメージが起こっているところに逆に衝撃波を与えることで組織の修復を促したり」
【松本さん】
「これって目にやったらよくなったりしないですか?」
【医師】
「(苦笑しながら)目にやったら目がつぶれてしまうと思うので…」
プロのサッカー選手の治療を担当する医師も、選手としての復帰は驚きだといいます。
【医師】
「(プレーしていることについて)正直ありえないと思っていて、ちょっと視野が欠けるだけでサッカーするのは相当怖いと思うけど。彼はすごく前向きなので、それが普通はありえない状況を可能にしているのではないかなと。ほかのアスリートにも教えてあげたいくらい強靭なメンタルを持っている、そこが一番のストロングポイントだと思います」
そんな松本さん、食事は基本的に自炊するといいます。体づくりのために調味料などを使わず、なるべく目に良い食材をとるように心がけています。
【松本さん】
「キウイは皮ごと食べるようになりましたね、皮にもすごい栄養があるといわれているので。(Q.料理する上での苦労は?)ニンジンの皮をむいている時にどこまでむけているか分からないので、前は一生むき続けていたんですけど、今は皮ごと食べるので特に困ったことはないですかね。肉が焼けているとかは分かりにくかったりするんですが。(サッカー選手として)元からできないことだらけで、それに目が見えないというのが増えただけなので。だから、できないところを補う作業は元からずっとしてきたので、それが一つ増えたという感覚でしかないですね」
■「勇気づけられる」10社以上がスポンサーに
やれることはなんでもやる。障害を負っても変わらない、松本さんの姿勢です。そんな姿を見て、多くの人が海外への挑戦を後押ししています。これまで以上にサッカーに集中できるようにと、なんと10社以上がスポンサー契約などを結んでくれたのです。そのうちの一社、Venture Lab.の亀岡さんは次のように語りました。
【Venture Lab.代表取締役・亀岡 亮さん】
「ボールが見えない環境で戦っている姿はすごく勇気づけられるので、松本選手に負けないという話じゃないけど、そういう姿勢を見て自分たちがまだまだ頑張れることとか、できることがあるとすごく勇気づけられたので」
【松本さん】
「サポートしていただいているおかげでこうして専念できているので、一日でも早く結果を出してしっかりと恩返ししたいなと思っています」
そして目のけがをしてから3年余り、かつて所属していたニュージーランドのチームに再び入団することが決まりました。
■目が悪くてもできると証明してくれた
大阪からニュージーランドへ出発する日、中学生の沖平大志さんが見送りに来ていました。沖平さんは2022年、病気で視力が急激に悪くなり自宅でふさぎこんでいる時に、松本さんの存在を知ったといいます。
【沖平さん】
「最初試合見たときにフットサルの選手の中でもめっちゃうまい人で、目が悪くても全然できるというのを証明してくれたので、僕にとってはかっこいい存在だし、尊敬できるような人でお手本みたいな存在です」
そこから二人はリハビリやフットサルを一緒にするなどして交流するようになりました。
【松本さん】
「彼もサッカー、フットサルを続けていて、将来はプロになってくれると信じているので、僕自身が海外でプレーして、目が見えなくてもこういったピッチで活躍できるんだよ、という姿を見せたいなと思っています」
チームに入団すると早速、松本さんの姿はピッチにありました。全力で走り回り、海外の選手相手にも障害を感じさせないプレーを披露しました。
【松本さん】
「復帰をするまでに3年以上かかってしまったけど、その間もずっと変わらず応援してくれた人がたくさんいるし、そういった人に自分がサッカー選手として公式戦のピッチに立っている姿を見せることができて、本当によかったなと思っています。プロのサッカー選手として活躍することがそういった人への恩返しになると思うので、このチームで試合に出て、結果を出して、ここからしっかりと這い上がっていきたいと思います」
再び、クラブワールドカップに出場することを目指して。“誰も見たことのない世界”を、突き進んでいきます。
(関西テレビ「newsランナー」2023年9月27日放送)