大阪地検特捜部に逮捕・起訴され、その後無罪となった男性が「違法な取り調べで冤罪が作られた」と訴え、国を相手取り起こした裁判で、異例の決定です。
特捜部の取り調べの録音・録画の提出を拒否し続ける国に対して、大阪地裁は19日、提出を命じる決定を出しました。
■こういう人たちが公益の代表者でいいのか
プレサンスコーポレーション元社長・山岸忍さんは学校法人との土地取引をめぐり21億円を横領したとして、逮捕・起訴され、その後の裁判で無罪が確定しました。
山岸さんは「実際に私が経験した、お会いした検察官は、“え?本当にこういう人たちが公益の代表者でいいの”という…」と疑問を呈します。
山岸さんの捜査にあたったのは、大阪地検特捜部。
山岸さんの元部下や関係者が取り調べの中で、「山岸さんが事件に関与している」という内容の供述をしたことを、有罪を立証する柱にしていました。
しかし、その供述は後に崩れ去ります。
山岸さんの罪を問う刑事裁判の中で、特捜部が元部下らに長時間にわたって威圧的な態度や言葉で責め立て、取り調べをしていたことが明らかになりました。
その結果、大阪地裁は元部下らの供述は「信用できない」と判断。
それ以外に山岸さんの関与を示す証拠が無かったため、無罪判決が出ました。
検察は控訴を断念し、無罪が確定しました。
「違法な捜査で冤罪を作り上げた」こう訴え、山岸さんは国に損害賠償を求め、提訴。
山岸さん側は違法な捜査があったことを立証するために、特捜部の取り調べを録音・録画した記録の提出を国に対して求めてきました。
しかし、国は提出を拒否。
これについて山岸さんは「自分が起こしてしまったことは過去のことで仕方のない話で、それに対して、なぜ正々堂々と向き合わないのかな。なぜそれをひた隠しに隠蔽したいのかな」と話します。
山岸さん側は、国に対して記録の提出命令を出すように裁判所に求めていました。
■録音・録画は最も適切な証拠
そして19日。大阪地裁は、大阪地検特捜部が行った山岸さんの元部下に対する取り調べについて、提出命令を出す決定を出したのです。
【山岸さんの代理人・中村和洋弁護士】
「山岸さんの部下が、一番ひどい取り調べが行われていたものについて、開示・提出が認められていました。怒鳴ったり、脅したり。ひどいものについては、必要性があるという、そういう判断のようです。国はかなり抵抗していました。捜査に支障が生じるとか、プライバシーの問題とか、かなり主張していましたけど、それを超えてなお、取り調べの必要性があると判断したことの意義は大きいと思います」
小田真治裁判長はその理由について、「違法な取り調べが行われたことの立証のためには、検事の口調や動作といった非言語的な要素が客観的な形で記録されている録音・録画は最も適切な証拠」と認定。
弁護団によると、特捜部の取り調べの録音・録画に対して、提出命令が出されるのは初めてだということです。
山岸さんは決定を受けた会見で「今日の結果は、当然のことだと考えています。これ以上、(国が)不服申し立てをして、裁判を長引かせたら、ただの税金の無駄遣いとしか考えられない。正々堂々と録音・録画を提出していただきたいと考えています」と話しました。
裁判所の決定について大阪地検の次席は、「係属中の事件に関するものであるため、回答は差し控える」としています。
■提出命令は史上初の異例な事態
弁護団によると、地検特捜部の取り調べの録音・録画について、裁判所が提出命令を出すのは史上初とのことです。
国は提出を拒否し続けてきましたが、なぜ取り調べの映像を隠すのか?そこには何が映っているのか?この事件を取材している記者の解説です。
Q:この提出命令は史上初ということですが、それほど異例なことなのですね。
【関西テレビ 赤穂雄大記者】
「弁護団によると“史上初”ということで、かなり異例と言えると思います。特捜部というのは、検察のエリート集団と言えます。政治家の汚職であったり、今回のような上場企業の社長が関与する事件などを独自に捜査し、立件することを使命のようにしている組織です。この特捜部の取り調べの録音・録画が世に出ること、また問題があるのではないかとして裁判の証拠として提出を命じられることは、異例のことだと言えると思います」
刑事裁判の判決では、「高圧的な取り調べによって得られた元部下の供述は信用性がない」と判断されましたが、実際にどのような取り調べがあったのでしょうか。
国側はこれまでの裁判で、元部下らへの取り調べの内容を文字に起こして提出しています。
『(右手を自身の顔のあたりまで上げ、その手を振り下ろして手のひらで机を一回たたく)うそだろ。今のがうそじゃなかったら何がうそなんですか』
『いっちょ前にうそついてないなんて、かっこつけるんじゃねーよ。ふざけんな』
『もうさ、あなた詰んでるんだから。もう起訴ですよ、あなた。っていうか有罪ですよ、確実に』
これらは全て取り調べをした特捜部の言動です。
山岸さん側は、録音・録画の実際の映像を見てもらわないと取り調べの状況を正確に伝えることができないと言っています。
【赤穂記者】
「山岸さん側弁護団が重視したのは、『非言語的な要素』です。例えば一番上の『(右手を自身の顔のあたりまで…机を一回たたく)』と文字で書かれていますが、その強さや勢いで受ける印象はずいぶん違うと思います。文字で書かれた取り調べの言葉も、どれぐらいのスピードで、どれぐらいの大きさで言ったのか、やはり生の録音・録画を見ないと伝わらないのではないか。非言語的な要素を含めて、冤罪を生む取り調べがあったということを知ってほしいと山岸さん側は思っていて、今回の裁判所の決定を見ても、この非言語的な要素を重視した決定の内容になっていたかなと思います」
山岸さん側と国の間で、この録音・録画を巡ってどういうやり取りがあったのか。そのやり取りには、よっぽど隠したい何かがあるのかと勘ぐってしまうような、国側の姿勢が見えてきました。
【赤穂記者】
「まず山岸さん側は国側に対して、『取り調べの録音・録画を提出してほしい』と求めまして、国側は拒否しました。 その後、『取り調べを受けた人のプライバシーに配慮して、“第三者への非公開”や“法廷での放映禁止”という条件を守ることができるなら出す』と条件を付けて国側が返答してきました。 山岸さん側はこれに対し、取り調べを受けた人のプライバシーに配慮して、『では検察側の発言部分だけを公開します』と伝えると、国側は『やっぱり“第三者への非公開”“法廷での放映禁止”の条件は譲れない」と改めて拒否の返事をしてきました。 つまり取り調べを受けた人のプライバシーへの配慮を理由に挙げながら、結局は自分たちの取り調べを見られたくないと受け取れるやり取りだというふうに、私は感じています」
■自分と同じような冤罪が起きてほしくない
Q:国側が提示した“第三者への非公開”“法廷での放映禁止”といった条件は、山岸さん側にとって受け入れられないものだということでしょうか?
【赤穂記者】
「山岸さん側としては、検察特捜部が行った取り調べが大きな問題だとまず考えています。山岸さんの思いとしては、『二度と起きないよう社会に広く知らせるべき』ということで、自分と同じような冤罪が起きてほしくない、起きないように広く社会に知らせるべきだと思っているわけです。それを実現するためには、今回の取り調べを広く社会に見てもらい、特捜部の操作手法の問題点をみんなに考えてほしいという目的があるので、第三者に公開しない条件というのは飲めないことになります」
Q:19日、大阪地裁が提出命令を出したわけですが、録音・録画は本当に出てくるのでしょうか?出るとすればいつ出てくるのでしょうか?
【赤穂記者】
「国側はまだ態度を明らかにしていないので、どの段階で出てくるのかは分かりませんが、即時抗告をする可能性が高いので、そうなると高裁に上がり、場合によっては最高裁まで行く段階を踏むとなると、まだ1年以上、録音・録画が出てくるまでにかかるという可能性もあります」 「この問題の根底にあるのは、『証拠は誰のものか』ということだと思います。検察は“公益の代表者”と言われたりもしますが、国家権力であって、私たちの税金で捜査をしているわけです。その捜査で得た証拠は、国民のものということもできると思います。今回、検察が行った取り調べの録音・録画を提出するかしないか、任意の段階ではその判断をするのが、検察だということが問題なのではないかと思います」
今回の捜査に限らず、検察の捜査手法が問題になる事態はこれまでもありました。過去の経験に、いかに学んでいくのかが問われています。
(関西テレビ「newsランナー」2023年9月19日放送)