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「琵琶湖の女王」の正体は? 船に押し掛ける大勢の人にフラダンスまで 1960年代に大流行「ショーボート」に兵動さんも驚き 滋賀・大津市の歴史再発見【兵動大樹今昔さんぽ】07月26日 10:00

一枚の写真から街を再発見する「兵動大樹の今昔さんぽ」。今回の舞台は、滋賀県大津市・JR大津駅前です。 琵琶湖のすぐそばに位置し、閑静で自然にあふれた大津市。 兵動大樹さんが手にしたのは、1964年(昭和39年)に滋賀県大津市で撮影された1枚の古いモノクロ写真です。 【兵動大樹さん】「すごいねこれ!盛り上がってますね~!」 写真には、大きな船のデッキに大勢の人々が乗り込み、岸辺にもたくさんの見物客が集まっている光景が写っています。さらに、フラダンスを踊る女性たちの姿まで! ヘリまで出動しているようで、まるで一大イベントのような雰囲気です。 写真の場所は見つかるのでしょうか? ■ 「ミシガン?ハリマル?」駅前で早速聞き込み開始!

JR大津駅前で早速、聞き込みスタートです! 写真が撮影された昭和39年生まれの男性に写真を見せると、「ミシガン!…ってもっと後ですよね?」とのひと言。 ミシガンとは、琵琶湖を周遊する遊覧船「ミシガンクルーズ」のことです。 年間約15万人が乗船する人気のクルージングで、滋賀県とアメリカ・ミシガン州との国際親善を祈念して命名されました。 続いて、生まれも育ちも大津市の女性に写真を見せると「ミシガンではないから…。ハリマルじゃないか…」 「ハリマル」という船の名前が浮上しました! 【女性】「ハリマル乗ったらもう自慢なるもん」 ハリマルは、デートで乗るのが自慢になるくらいの人気ぶりだったそう。 色々な遊覧船の名前が出てきましたが、あの船の正体は何なのでしょうか? ■ かつて賑わった旧東海道「札の辻」

旧メイン道路を歩いていると、兵動さんの目に飛び込んできたのが老舗の和菓子店、 こちらは明治29年(1896年)創業の老舗、鶴里堂。 4代目の栢口智司さんによると、この通りは旧東海道の宿場町として栄えた「大津百町」のひとつで、「札の辻」と呼ばれる大津で一番賑わった場所だったそうです。 兵動さんが「ゴリッとした和菓子食べたい」とリクエストすると、「七変化」というあじさいをモチーフにした一品を用意してもらいました。 【兵動大樹さん】「中にあるあんこの甘み。甘いんねんけど、パンチ効いてるっちゅうか、後味引くっちゅうか」 そして、栢口さんも写真が撮影された昭和39年生まれだと判明! 写真の船を見てもらうと、「多分、玻璃丸(はりまる)ですよ」と太鼓判を押してくれました。 【栢口智司さん】「(玻璃丸で)ショーボートをやってたんですよ。軽食が出て、家族で行った」 ■ 琵琶湖汽船へ! 元社員の元田さんが謎を解く

玻璃丸は、ミシガンクルーズが就航するまでメインで活躍していた遊覧船だそう。 「玻璃丸は琵琶湖汽船の船だから、そこに聞くのが一番早い」というアドバイスで、兵動さんは大津港の琵琶湖汽船へ向かいます。 昭和47年(1972年)に入社した元社員・元田栄三さんに連絡を取ってくれました。 写真を見せると、元田さんは即答します。 【元田栄三さん】「(玻璃丸で)間違いないです。昭和26年(1951年)に竣工してます。ちょうど僕入社したときはまだ玻璃丸が現役バリバリやってましたから」 玻璃丸で間違いなし!写真の謎が、いよいよ解けてきました。 ■ 「琵琶湖の女王」玻璃丸と賑わいの正体

玻璃丸は全面ガラス張りの美しい外観から「琵琶湖の女王」と呼ばれ、大津港を拠点に周遊クルーズを運行していました。 では、写真のあの大きなにぎわいは一体何だったのでしょうか? 【元田栄三さん】「ショーボートを開始した年だと思います。夜の航路」 「ショーボート」とは、アメリカ映画『Show Boat』にちなんで始まった船上ショーのこと。生演奏や軽食を楽しみながら湖上でひとときを過ごす、当時大人気のエンターテイメントでした。 【兵動大樹さん】「『しょうぼうと』と言うから、小さいボートで1人ずつ乗るんかなって」 【元田栄三さん】「小さい(しょう)じゃなくて、SHOW!ボート」 かしまし娘や横山ホットブラザーズなど、当時の人気アーティストも玻璃丸でショーをしたことで有名になったという話も飛び出しました。 ■ なぜ玻璃丸はミシガンに代替わりしたのか?

約30年にわたって琵琶湖の観光を支えた玻璃丸ですが、1982年にミシガンへと代替わりします。その理由は、琵琶湖の水位にありました。 「琵琶湖総合開発」という法律に基づいた事業で、水資源の確保と洪水対策のため、水位が低下しても走行できる船が必要になったのです。 そこで開発されたのが、スクリューではなく水車のようなパドルで進む構造のミシガン。通常の船よりも船底を浅く設計できるため、低水域でも安全に運航できる仕組みです。 引退後の玻璃丸は、桟橋に固定されてミシガンの乗客向けのお土産売り場として活用されたそうです。 元田さんの案内で実際に写真が撮影された場所を訪れると、当時の岸辺は平成2年(1990年)ごろに埋め立てられており、面影はほとんど残っていませんでした。 ■ 変化する街「大津」

今回の「今昔さんぽ」は、1枚の写真が「琵琶湖の女王・玻璃丸」とその華やかな歴史、そして大津という街の大きな変化を教えてくれる旅になりました。 【兵動大樹さん】「ほんまに大津むっちゃ変わりましたけど、船のいろんな歴史ありましたけど、いまミシガンが頑張って皆さんを楽しませてもらってますし、また新しい建物で来ます。大津は激アツでございます」 昭和39年のあの日、玻璃丸のデッキを埋め尽くした人々の笑顔は、いまもミシガンのうえに受け継がれています。 (関西テレビ「newsランナー 兵動大樹の今昔さんぽ」2026年7月17日放送)

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