神戸連続児童殺傷事件 遺族が加害男性に対し「損害賠償をこれ以上求めない」判断 手記「絶歌」出版の印税による賠償申し出から10年経ち時効迎える中 再提訴せず05月21日 20:07
1997年5月に神戸市須磨区で小学生の土師淳君たちが殺害された神戸連続児童殺傷事件で、淳君の遺族が加害男性に命じられた損害賠償が時効となる中、再び裁判を起こさず、これ以上請求しないことを決めました。
損害賠償は、支払いやその申し出がない場合、10年が過ぎると時効となって、効力を失います。
淳君の父・守さんは「もともと損害賠償は金銭を得るのが目的ではなく、事件の真相を知るために加害男性とかかわりを持ち続けるためのものだった。残りの人生を考える中で、損害賠償はやめにして彼の出方を待とうと思った」と話しています。
■逮捕されたのは当時14歳の「少年A」遺族は「真相知りたい」民事裁判起こす
1997年5月、神戸市須磨区で土師淳君(当時11歳)が殺害され、当時中学3年生で14歳の「少年A」が逮捕されました。
Aは当時の法律では罪に問うことができず、刑事裁判が開かれなかった上、医療少年院に送ることを決めた少年審判は完全に非公開だったため、遺族は事件についてほとんど何も知ることができませんでした。
淳君の父・土師守さんは「なぜ息子が命を奪われたのか知りたい。そのために加害男性とかかわりを持ち続けたい」と民事裁判を起こし、Aとその両親にはあわせて1億円あまりの損害賠償を命じる判決が言い渡されていました。
■加害者Aは毎年手紙を書いていたが2015年に無断で事件の手記を出版
Aは少年院を仮退院後、少しずつ賠償金を弁護士を通じて払い、命日の頃には手紙を送てきましたが、2015年に遺族に無断で事件について書いた手記「絶歌」を出版。
翌年の2016年3月には手記の印税をもとに賠償金の支払いを申し出ましたが、遺族に拒否されると、2018年以降は手紙を出すこともなくなり、賠償金の支払いやその申し出もありませんでした。
損害賠償は10年間支払いなどがなかった場合、時効を迎えて効力を失うことから、土師さんが賠償を求め続けるためには再び裁判を起こす必要がありました。
土師さんはことし3月までに裁判を起こさず、Aに対してこれ以上賠償金を求めないことを決めました。
■損害賠償の時効を迎えるも再び裁判起こさず「彼の出方を待つだけにしようと」
土師さんは関西テレビの取材に対し、70歳を迎え、ここ数年がんを患うなど体調を崩したため、「残りの人生を考えた」と話し、理由を説明しました。
【殺害された土師淳君の父・土師守さん】「元々、金銭的にどうこうということではありませんでした。加害男性との関わりをずっと持ち続けていたい。そのための裁判・損害賠償でした。
無断で手記を出版するという嫌な思いをさせたことで得たお金を賠償に使うのは、ルール違反だろうと思いますし、損害賠償に関しては今回で終わりにして、あとは彼の出方を待つだけにしようと思いました。
子供の命をお金にかえているので、それは私たちにとっては本意ではないので」
土師さんはAに対して、「手紙を書いてなぜ息子の命を奪ったのか、真相を語ってほしい」と改めて求めています。