関西のニュース

二条城の「正門」はなぜ東向き?理由は“京都ならでは”のあの存在 江戸幕府の『始まり』と『終わり』 意図せぬ歴史が紡いだ真実に大東さん「泣けてくる」【大東駿介てくてく学】02月28日 10:00

俳優の大東駿介さんが、訪れた街のうんちくや、まだ地元住民にも知られていないような魅力を探す「発見!てくてく学」。 今回は、世界遺産・京都の二条城の「楽しみ方」を学びます。 正式名称は元離宮二条城。1603年、江戸幕府初代将軍の徳川家康が京都御所の守護と宿泊所として築城し、敷地は甲子園球場の約7倍という広大さを誇ります。 大政奉還が行われた場所でもあり、江戸時代の始まりと終わりを見届けた城でもあるのです。 ■ことしは記念すべき年!二条城の秘密を専門家がぶらり解説

ことしは“寛永行幸400周年”という記念の年。 寛永行幸とは、今から400年前、第108代天皇である後水尾天皇を二条城に招いて5日間にわたりもてなした空前の大行事のことです。 【大東駿介さん】「当時の人からしたら、天皇様にお会いできる機会、まして自分たちの普段使ってる道を渡ってこられることなんてもうありえないことですもんね」 今回は、二条城を長年研究してきた、京都ノートルダム女子大学客員教授の梅林秀行さんに案内してもらいます。 ■正門が東向きのワケ

まず梅林さんが注目したのは東大手門と呼ばれる正門です。 梅林さんによると、日本列島の太平洋側のお城は正門が南側に付くことが多いのですが、二条城は90度角度を変えて東向きに造られています。 【梅林さん】「家康が二条城を造った理由が(正門の)向こうにあるんです」 【大東駿介さん】「御所だ」 【梅林さん】「大正解です」 二条城の正門は天皇の住まいだった「京都御所」の方角に向かって造られているのです。 ■「門」だけでも奥深い二条城

関ヶ原合戦が終わって2年後、家康は京都の真ん中に自分の城を新たに置いたのです。 【梅林さん】「京都にお城を造って京都をきっちりと管理・支配して(朝廷との)関係を作る。おそらくその舞台こそが二条城かなと思いますね」 【大東駿介さん】「要は外交のようなもんですよね」 門がどこを向いているかで、当時の政治がすべて分かるという深い意味が込められていたのです。 【大東駿介さん】「御所と二条城の関係性含めて面白い!」 【梅林さん】「二つで一つなんです」 【大東駿介さん】「先生と回ってたら…1週間くらいかけて見たい!きょうは門で終わります?」 ■日本一豪華な門に隠された願い

城内に入ると、まず目に飛び込んでくるのは「唐門」と呼ばれる豪華絢爛な門です。 【梅林さん】「今残ってる日本の門の中で、多分1番豪華な門ではないか」 柱より上の空間はすべて彫刻で埋め尽くされています。 2013年に修復され、江戸時代とほぼ変わらない色彩を楽しめるようになりました。 真ん中には不思議な生き物が。顔には牙が生え、亀の甲羅に乗っています。 【梅林さん】「亀は、蓬莱って名前の島なんですよ。海の中に亀の甲羅に浮かんでいる伝説上の島で、そこに神様や仙人がいて不老不死・永遠の命を持ってる。この下をくぐる将軍の世の中が永遠に続きますように、将軍が病気になりませんように。めちゃくちゃめでたいので大阪人は肉まんにして食べてます」 【大東駿介さん】「蓬莱!551蓬莱はこの蓬莱!?全然知らんかった」 ■壮大な歴史ドラマに大東さん感動

門にはたくさんの菊の御紋が入っています。 菊の御紋といえば天皇家の紋章。しかし、実は明治時代に付けられたものでした。 【大東駿介】「え!最近。全然関係ないじゃないですか」 大政奉還があって徳川政権が倒れた後、二条城は皇室の別邸になりました。 その際、元々付いていた葵の御紋は菊の御紋に変えられたのです。 調査の結果、菊の金具を外すと下に三つ葉葵がはまっていたことが分かりました。 【大東駿介さん】「蓬莱で永遠の繁栄を持ってそれを象徴する門として造られたこの門に、『徳川の終わり』を告げる別の家紋がはられるわけやから。繁栄の始まりと終わりを装飾が描いているという。うわあ、泣けるな、泣けてきますね」 意図せず、技術者の意思を超えた「時代」という“芸術家”が作った歴史のドラマがここにありました。 ■お客さんを迎える部屋なのに”虎とヒョウ”で威圧?

唐門をくぐった先にあるのは「二の丸御殿」。徳川将軍への公式な面会場所があります。 江戸時代初期の住宅様式である書院造りの代表例としても貴重な建物で、6つの棟が連なっています。国内で唯一「城郭内に残る御殿群」として国宝に指定されています。 「遠侍(とおざむらい)」という訪問者の控室には、どう猛な虎の絵が描かれています。 【大東駿介さん】「お客さん出迎える場所ですよね。それにしては結構怖くないですか?」 壁に描かれた獰猛な虎の絵は、来訪者に徳川家の権力を実感させる目的もあったと考えられています。 【大東駿介さん】「俺ら徳川やで!みたいな圧を感じる」 興味深いのは、虎柄とヒョウ柄が一緒に描かれていること。 【梅林さん】「古代中国の伝説で、虎が子供を産むと虎柄が2匹生まれてヒョウ柄が1匹生まれるっていう不思議な伝説があったんですよ」 ■“鴬張り”の正体は

さらに、床が「キュッキュッ」と鳴ることに大東さんが気づきます。 【大東駿介さん】「これあれですか?噂の鴬(うぐいす)張り?」 【梅林さん】「でもこれね、単にネジが緩んでるだけなんですよ」 【大東駿介さん】「なんやそれ!?」 「鴬張り」は不審者が来たのが分かるようにという俗説ですが、実は二条城が現役だった将軍がいた時代はきちんとメンテナンスしていたので鳴っていなかったとのこと。 【大東駿介さん】「確かにこれ古いブランコみたいな音に聞こえてきたな、そうやって聞くと。いいように言ったもんやで」 ■徳川将軍の威厳を知らしめるための演出

虎の画以外にも、二の丸御殿には重要文化財に指定された美しい障壁画が1016面もあります。 これらはすべて当時、天下一と呼ばれた絵師集団・狩野派の作品です。 将軍と会う手前の部屋には美しい孔雀の絵が描かれていて、孔雀が見ている方向に将軍が控える大広間があります。 大広間には徳川将軍の威厳を示す様々な演出が施されています。 将軍と会う人の目線で見てみると、側面に描かれた松の木が将軍に向かって枝を伸ばし、頭上で弧を描いています。 【大東駿介さん】「ほんまや。将軍様の上に、守るかのように…!よくできてんなぁ」 対面する者たちに徳川将軍の威厳を知らしめるための計算された見事な演出です。 さらに、将軍が座る最も格式の高い空間は天井が2段高い『二重折上格天井』となっていて、ハイグレードな装飾が施されています。 ■将軍の場所に座れる…?将軍気分を味わえるプランも

なんと、現在、将軍気分を味わえるプランも用意されています。 二条城の修繕事業の支援のための「一口城主募金」に1万円以上寄付した人の中から抽選で、大広間の将軍が座る場所で記念撮影ができるという特典があります。 ちなみに、“100万円”を寄付すれば、抽選ではなく確実に撮影できるとのこと。 【大東駿介さん】「二の丸御殿、改めてこれがまるまる残ってることがどれだけすごいことか。当時の徳川の地位が見えるだけじゃなくて、装飾ひとつにしても、残っている絵ひとつにしても、言葉ではなく伝えていくっていうものが、この時代の魅力ですよね。 皆さんもそれぞれその言葉ではなく、自分の心で感じ取ってもらいたいな。ここにたどり着く時には正座してると思います。本当にそれぐらい素晴らしい」 (関西テレビ「newsランナー 大東駿介の発見!てくてく学」2025年2月19日放送)

この記事をシェアする

最新のニュース

関西のニュース一覧