「妊娠を素直に喜べず絶望」妊娠したら“タイトル返上”の将棋界のルール 見直し求めて女流棋士トップが異例の会見「出産かタイトルか…」葛藤の日々を打ち明ける12月13日 17:03
女流棋士のトップ、福間香奈女流六冠(33)が開いた“異例”の記者会見。
福間さんは緊張した面持ちで訴えました。
【福間香奈女流六冠】「明るい将棋界になってほしいと望んでいるのですが、将棋界の未来に強い不安があります」
不安を抱く理由は妊娠・出産で直面した「将棋界のルールの壁」。
なぜ、世間に向けて声を上げることを選んだのでしょうか。
■福間香奈女流六冠はどんな人?
島根県出身の福間さん(旧姓:里見)は6歳の時に将棋を始め、すぐに頭角を現し、12歳で「女流棋士」デビューを果たします。
終盤で一気に切り込む鋭い攻めや、寄せの早さからついた異名は「出雲のイナズマ」。
公式戦の8大タイトルのうち、6タイトル(=清麗、女王、女流王座、女流名人、女流王位、倉敷藤花)を持ち、圧倒的な強さを誇ります。
史上初の「女性プロ棋士」を目指して、来年1月から「棋士編入試験」に挑むことも決まっており、まさに女流棋士の“トップランナー”です。
■「最強」の勝負師、そして「母」として
福間さんは、2023年に結婚、去年12月に第1子を出産しました。
盤上では「最強」と呼ばれる彼女も、家に帰ればお母さん。夫の健太さんと協力しながら子育てに奮闘する日々です。
将棋に向き合い、張り詰めてばかりの日常が、いまは子供の顔を見て、気持ちを切り替える日々に変わりました。
【夫・健太さん】「香奈もリラックス方法が変わったね」
【福間香奈さん】「それまで趣味があまりなかった。行くとしたらマッサージくらい。子供と触れ合う時間が一番リラックスできる時間になったので大きいことだと思います」
守るべき存在ができたことで、将棋への向き合い方も変わりました。
しかし、その幸せな日々の裏で、福間さんは誰にも言えない葛藤を抱えていました。
■出産時期とタイトル戦が重なったらどうなるか分からず不安
妊娠が分かったのは去年4月。タイトル戦が出産時期と重なることは確実だったため、翌月には日本将棋連盟に報告したと話します。
【福間香奈さん】「妊娠してから体調が不安定で対局も多く、目の前の対局をこなすことと、体を休めることで精一杯でした。子供のことや保持しているタイトル戦がどうなるかという不安が大きかった」
当時、タイトル戦は「感染症にかかったときや、総合的な判断で対局日の変更が妥当とされる場合」に延期が認められると規定で定められていましたが、「妊娠・出産」には関する項目はありませんでした。
女流棋士の8つのタイトル戦は1年を通して実施されていて、休む暇がありません。
■「不戦敗は無念」涙を流した…苦渋の決断
当時5冠だった福間さんは重いつわりに苦しみ、出産直前は「長距離の移動」をすると体に大きな負担がかかる状態でした。
しかし、タイトル戦の「女流王将戦」「白玲戦」の対局場所は北海道や東京。福間さんは、連盟に「延期か、場所を大阪に変更できないか」相談しました。
連盟は、一部の対局では延期を認めたものの、この2タイトル戦は延期を認めずに“不戦敗”としました。「これ以上の延期が難しい状況だった」ということです。
【福間香奈さん】「不戦敗って無念で、戦って負けるのは納得できるけれど、戦わずして負けるのはただただ無念でした。どうしようもない感情が続いていました」
【夫・健太さん】「不戦敗になった時は涙を流していました。何かあってはいけないということで子供を守ってくれたんですけど、判断は苦渋の決断だったと思う」
タイトル戦を含め、妊娠を理由とする不戦敗は10局近くにのぼりました。その記録は、単なる「不戦敗」としてキャリアに刻まれています。
■「妊娠したらタイトル返上」事実上の“不戦敗”突きつける新規定
福間さんの経験などを経てことし4月、連盟はいわゆる「産休規定」を新設しました。
しかし、その内容は、彼女が要望したものとはかけ離れたものでした。
その規定とは、「出産予定日の産前6週・産後8週」の期間にタイトル戦の日程が1日でもかかっていた場合、タイトル保持者であっても対局できず、「対局者変更」となるというものです。
つまり、タイトル保持者であっても、「事実上の不戦敗」となります。
【福間香奈さん】「もう呆然としたというか。妊娠してしまうと、自分の持ってるタイトルは諦めないといけない状況なので。妊娠することを躊躇してしまう」
【夫・健太さん】「『2人目の子供できたらいいね』という話はしてたので。こういう規定になると、どうしても妊娠を諦めざるを得ない」
■「女流棋界の状況変わった」いまに合った規定が必要という意見も
「出産かタイトルか」どちらかを諦めなければいけない現状。
3人の子供を出産し、45年間女流棋士として活躍する中井広恵女流六段は、「これまでも問題提起されてきたが改善されてこなかった」と話します。
【中井広恵女流六段】「ずっと産休制度については話し合いは行われてきていたのですが、女流棋士の方々それぞれ立場も異なりますし、考え方、妊娠、出産に対しての考え方も個々に違います。
規定を作らなかったというより作れなかったという方が正しいのかなと思います。規定を作っていなかったことは本当に先輩として申し訳なかったです」
ほかにも、「タイトル戦は1年以上前から予定されていて、対局場の変更には費用がかかる」ことや、延期をするとほかの女流棋士のスケジュールにも影響が出ることなど、現実的な問題があり、「規定を作ることが難しかった」と話します。
【中井広恵女流六段】「私自身、タイトル戦の最中に妊娠をして時期をずらしてもらったという経験があります。その時は4タイトル戦で、女流棋界も人数も増え、状況がだいぶ変わってきた。昔できたことも現状は難しいことはどうしても出てきていると思う」
一方で、女流棋士を取り巻く環境が劇的に変化しているため、いまに合った規定が必要だと話します。
【中井広恵女流六段】「将棋に子供のころから人生をかけてやってきていることも本当によくわかるので、何とか将棋と出産と両方上手くやっていけるシステムにできないかなと思っています」
■“未来の女流棋士”のためにも…覚悟の会見
福間さんは「産休規定」が作られた後も見直しを求めていましたが、規定が変わることはなく、世間に向けて声を上げることを決意しました。
異例の“記者会見”に臨んだ背景には「未来の女流棋士」への思いがありました。
【福間香奈さん】「これがずっと運用されていくと、将来『女流棋士になりたい』と思う子が少なくなると私は思うので、なんとかしないといけない」
そして今月10日、福間さんは、日本将棋連盟に要望書を出したうえで、記者会見に臨みました。
【福間香奈さん】「私にとって将棋は全てであり、何にも代えがたいもの。本来なら素直に喜ばしいはずの妊娠を素直に喜べず、どうしようもなく苦しかったです。
今いる女流棋士やこれから目指す女の子たちが安心して頂点を目指せる将棋界であってほしい」
福間さんは「産前6週・産後8週の期間内でも、本人の体調や医師の意見に応じて出場可能とすること」や「タイトル保持者の場合、暫定王者制度を設けるなどし、妊娠・出産で地位が事実上降格することがないようにすること」などを求めています。
(関西テレビ「newsランナー」2025年12月10日放送)
■会見の訴えが届き…主催者も動き出す
会見を受けて、タイトル戦の主催者も動きを見せています。
「倉敷藤花戦」を主催する岡山県倉敷市などは、連盟に規定の見直しを申し入れました。
申し入れ書で市などは、「規定について連盟は、女流棋士の理解を得ているとしていたが、福間女流六冠の会見は全く違うものだった。個人の尊厳に関わる問題で早急に見直しをしてほしい」としています。
また、女流王位戦を主催する新聞三社連合は「規定に合意していない。連盟の今後の検討を注視する」とコメントしています。
■日本将棋連盟は「従来通り柔軟に対応」と見解示す
会見を受けて、連盟は福間さんと将棋ファンに謝罪したうえで、「従来と同様に可能な限りの調整を行う」と見解を示しました。
【日本将棋連盟の見解】
「(現在の規定について)個別事案毎に柔軟かつ慎重に対応するという規定になっております。また、実際にそのような事案が発生した場合には、従来と同様に可能な限りの調整を行う方針です。
現在、当事者である女流棋士の意見を踏まえつつ、妊娠期の女流棋士の権利と健康を適切に守る制度設計に向けて改定案を調整中であり、新たな規定では、専門家の見解等を参考に、従来の規定の調整条項を見直したうえで、より柔軟に当事者の意思に沿った対応が行える仕組みを検討しているところです」