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滋賀の琵琶湖が綺麗な秘訣は植物“ヨシ”「これは琵琶湖じゃないねや」兵動さんも驚き 知られざる西の湖09月14日 10:00

1枚の写真から街を再発見する「兵動大樹の今昔さんぽ」。 今回の舞台は滋賀県近江八幡市。 織田信長像があるJR安土駅からスタートです。 兵動さんに渡されたのは、1961年(昭和36年)に滋賀県近江八幡市内で撮影された1枚の古い写真。 写真には湖と山々が写っています。 【兵動大樹さん】「川か?いや、この辺っていうのは琵琶湖も近いか。やっぱり琵琶湖かなー?」 何をしているかもよく分からない写真のナゾを探ります。 ■「琵琶湖じゃないねんや」西の湖とは?

まずは地元の人に聞き込みをしてみることにした兵動さん。 駅の掃除をしていた地元の方に写真を見せると「八幡(方面)から西の湖を見た風景やな」と返答が。 【兵動大樹さん】「そこは琵琶湖じゃないねや。西の湖という湖なんや」 この地域には安土城があったため、信長ゆかりの品々が数多く残されています。 和菓子屋さんでは「負けずの鍔(つば)」という信長にちなんだお菓子も販売されていました。 「負けずの鍔」というのは、「合戦に先立ち、熱田神宮で戦勝祈願をした信長は永楽通宝を投げ上げたところ、全て表を向いた。 信長は愛刀の鍔にこの永楽通宝をはめ込み、以降連戦連勝し、天下の名城安土城を築いた」というエピソードにちなんだものなんです。 和菓子店の店員に写真を見せると… 【店員】「田舟こいで仕事に行く感じ。百姓さんっぽい気がしません?」 昔はそこで農業がおこなわれていたのでしょうか? ■琵琶湖をきれいにしてくれる「ヨシ」

「西の湖」には植物の「ヨシ」が生い茂っているそうで、写真にも「ヨシ」のようなものが見えます。 【兵動大樹さん】「ヨシって何なんですか?」 【店員】「ヨシを刈るといいんですよ。ヨシが水の浄化をしてきれいにする作用がある」 写真に写っているのは、ヨシが生い茂る西の湖だと判断した兵動さん。早速、西の湖へ向かうことにしました。 西の湖は近江八幡市に位置する琵琶湖最大の内湖です。 内湖は琵琶湖とは異なり、水深は浅く、波風が穏やかなこともあり、様々な生き物の生息・生育の場となっています。 西の湖はラムサール条約湿地にも登録されているそうです。 【兵動大樹さん】「あれがヨシか。あれがあることによって琵琶湖に水が流れ込んでも綺麗な水を保ってるっちゅうことや。ただね、笑ってしまったのが、山ありすぎて。どの山かわからへんやん、これ」 周りは山だらけ。今回、写真の場所は見つかるのでしょうか。 ■写真探しの途中で見つけた絶品和菓子・洋菓子店

西の湖を反対から見てみようと歩くも、湖沿いの岸が見つかりません。 そんな道中で、兵動さんは「ラコリーナ近江八幡」へ立ち寄ることにしました。 【兵動大樹さん】「見てよ。あれお店。前来た時は冬で雪やったんですよ。夏来ると緑が綺麗。秋来たらた紅葉の時期になるし」 季節ごとに違う顔を見せる景色に感動します。 ラコリーナ近江八幡は和菓子店の「たねや」、洋菓子店「クラブハリエ」が入っています。 「自然に学ぶ」をテーマに自ら木を植え、森づくりを行い、生き物たちが元気に生き続ける田んぼや畑を耕す環境でお菓子の販売を行うユニークなお店なんです。 「たねや」のここでしか味わえない「生どら」という生クリームのどら焼きをいただきます。 【兵動大樹さん】「生クリームの魅力感がすごく感じられて、あんこの甘さが来て、その後、軽く塩味来るんですよ。すごく繊細」 ■400年続く「ヨシ刈り」の文化

ラコリーナのスタッフに写真を見せると…「ここからもう5分もかからないところに、水郷めぐりって言って、西の湖の周りの水郷を船で紹介してくださるような場所があります」とヒントをもらえました。 早速、兵動さんは近江八幡水郷めぐりへ。 船頭さんに聞くと、「安土山にちょっと似てんな」と言いつつも、はっきりとは分からないようでした。 そこで船に乗って西の湖を巡ることにしました。 手こぎ舟で西の湖を巡る水郷めぐりは、往復80分の旅です。 西の湖の周辺に自生する「ヨシ」などの自然環境とともに、地元住民が暮らしてきた水郷エリアの美しい景観を楽しむことができます。 刈り取られたヨシは「江州よしすだれ」として滋賀県伝統的工芸品に指定され、暮らしの中に活かされています。 ヨシは刈り取らないと去年のヨシが残って、新しいヨシが伸びきらないので毎年刈る必要があるんだそうです。 400年の長い歴史を持つよし刈りの文化に兵動さんは感心します。 ■琵琶湖周辺の湖は大きく変化していた!

ここで船頭さんに写真を見せると… 【船頭さん】「権座かもわかりませんね。湖にポツンポツンとある田んぼのこと」 ここから権座に行くのはかなりの距離があるということです。 実際に権座まで行くも、なかなか写真の景色は見つかりません。 その理由が… 昭和15年には琵琶湖周辺の内湖は49カ所ありましたが、主に農地拡大を目的に干拓が行われ、現在は34カ所に減少。 西の湖のすぐ横には、昭和32年頃まで大中湖があったのです。 昭和43年には大中の湖の干拓が終わり、西の湖周辺の地形が大きく様変わりしていました。 【船頭さん】「ここは、弁天内湖って1つの西の湖の一緒の大きさの広さだった。山の向こうが伊庭内湖。ここも湖やった」 こうして、1961年に撮影された西の湖の風景の謎が解き明かされました。当時の風景は今とは大きく異なり、干拓によって湖の形も変わってしまいましたが、ヨシ刈りの伝統は今も続いています。 【兵動大樹さん】「ほんまに教えていただかなかったらたどり着かなかったです。この辺が全て湖やったって普通に車で走ってたらわからへんね」 (関西テレビ「newsランナー 兵動大樹の今昔さんぽ」2025年9月5日放送)

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