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高校野球発祥の地は「甲子園」でなく「豊中」だった!最初に投げた着物男の正体は?【兵動大樹今昔さんぽ】08月31日 10:00

1枚の写真から街を再発見する「兵動大樹の今昔さんぽ」。 今回の舞台は大阪府豊中市。 街の人気ランキングにも上位に入ることも多い、住み良い街として知られています。 【兵動大樹さん】「これは古いで~」 見せられたのは、1915年(大正4年)のモノクロ写真。 写っているのは、野球ユニフォームの若者に、ビシッと決めた背広の紳士たち。そして、なんと着物姿でボールを投げようとしている男性! この写真はいったい何なのでしょうか? ■豊中は「高校野球発祥の地」

この写真は豊中市で撮影されたものだそうですが… 【兵動大樹さん】「盛大に鯉にエサやってるとか、海に石投げてバカヤローとか…色々思いますけど、野球、始球式的な」 左の男性のユニフォームには「TOTTORI(鳥取)」と書かれており、謎が深まります。 まずは、商店街で聞き込みスタート。 髪色と缶バッジがおしゃれな大学1年生に話しかけると「豊中といえば、高校野球発祥の地です」というヒントが。 高校野球と言えば、兵庫県西宮市の「甲子園」のイメージですが…。 ほかにも地元の人に話を聞いていくと、「これ、高校野球の第1回目の(写真)。割と有名や」という返答。 豊中市民にとっては一般常識のようです。 さらに、「豊中駅の近くに記念碑があった」と、新たな手がかりを手に入れました。 ■豊中ローズ球場に答えがある?

どうやら豊中駅の近くに、「高校野球発祥の地」と書かれた記念碑があるようです。 【兵動大樹さん】「記念碑ってことは球場がないんやろ?謎やわ」 老舗のスポーツ用品店を訪ねると、「甲子園」に出場している多数の強豪校と取引関係がある店でした。 ここなら絶対に何か知っていると確信した兵動さん。早速聞いてみると… 【スポーツ用品店 店員】「豊中ローズ球場ですね。数年前に改装されたんですけど、(高校野球の)ミュージアムを作ってたので、そこで見た写真と一緒かな」 兵動さんは豊中ローズ球場へ向かうことにしました。 ■写真は「豊中ローズ球場」よりも昔だった

豊中ローズ球場に到着すると、早速ミュージアムの中に「高校野球 豊中に始まる」と大きく書かれた展示コーナーが! 【スタッフ】「豊中駅の近くに跡地の一部が残っています」 なんと、写真の球場は豊中ローズ球場ではありませんでした。 豊中ローズ球場の始まりは、写真の球場よりもかなり後に整備されたものだったんです。 豊中ローズ球場は「高校野球発祥の地」のメモリアル球場として豊中市が運営しており、高校野球大阪大会の会場や、甲子園出場校の練習場所としても利用されています。 ■豊中は「高校スポーツ発祥の地でもある」

豊中市の担当者・山村さんに、1913年に整備されたグラウンドの写真を見せてもらいました。 【兵動大樹さん】「今の球場から考えると、座るとこだけ作って、球場っちゃ球場やけど…という感じですね」 【豊中市スポーツ振興課・山村さん】「当時は球場というよりは、今でいう総合運動場のような形でした。実は高校ラグビーやサッカーもこちらのグラウンドで開催されましたので、豊中は高校野球発祥の地以外にも高校ラグビーや高校サッカー発祥の地と言われています」 実は、豊中は「高校スポーツ発祥の地」でもあったのです。 ■着物の男性は朝日新聞社の創業者だった

当時、阪急電鉄が沿線を開発していく中で、グラウンドを整備し、朝日新聞社も働きかけて「高校野球大会」が開催されることになったそうです。 写真に写っていた、ボールを投げる着物の男性は朝日新聞社の創業者・村山龍平さんで、「鳥取」ユニフォームは鳥取中学校の選手だったのです。 第1回大会は1915年に開催され、全国から選抜された10校が参加。 初戦は鳥取中と広島中で、グラウンドには連日1万人近くの観客が押し寄せる大盛況だったそうです。 優勝したのは京都の二中(現・京都府立鳥羽高校)。 京都二中は延長13回でサヨナラ優勝を決めるという、劇的な結果でした。 優勝校はオープンカーでパレードをしながら、当時大阪にあった朝日新聞本社を訪問したといいます。 【兵動大樹さん】「優勝の商品、ボーリング玉なん?スイカ?」 優勝賞品は優勝旗や銀メダル、辞典や腕時計がもらえたそうですが、選手が持っている球はなんなのかは分かりませんでした。 ■人気過ぎて豊中から甲子園へ

当時を大きく賑わせた高校野球でしたが、豊中で開催されたのは第2回まででした。 あまりの人気で豊中では手狭になり、大会は西宮の鳴尾球場、そして現在の甲子園へと場所を移していったのです。 豊中ミュージアムには、当時のユニフォームのレプリカやペナント、優勝旗、写真などが今も大切に飾られています。 中には、垂れ下げると破れてしまうほど昔のものや、数文字しか残っていないペナントもありました。 ■跡地で当時に想いを馳せる いまは住宅街に

最後に兵動さんは、写真が撮影された豊中グラウンドの跡地へと向かいました。 現在はその場所に「高校野球発祥の地 記念公園」が整備されています。 兵動さんは公園に遭った当時の図面を頼りに、グラウンドの様子を想像しながら、ピッチャーマウンドがあったとされる場所に立ちました。 今では住宅地となったこの場所で、100年以上前に高校野球の歴史が始まったのです。 【兵動大樹さん】「すごかったですね。高校の野球、ラグビー、サッカーの今まで続いているこの大会の発祥の地だったということでした。色々勉強がありました」 1枚の古い写真から、現在の甲子園球場で行われる高校野球の原点が豊中にあったという驚きの事実が明らかになりました。 高校スポーツの歴史を語る上で欠かせない重要な場所、それが豊中市だったのです。 (関西テレビ「newsランナー」 2025年8月22日放送)

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