関西テレビ放送株式会社

 

  1. 第2章 制作・演出
  • 第2章 制作・演出

迷いがあればスタートラインに戻る

企画書や台本は、建築でいう設計図にあたります。設計図を基に条件内でいかに上質な建築物を建てることができるか。制作者、特に監督(ディレクター)の腕の見せどころです。
ただ、番組が建築と違うのは、相手が人間であり、人の心だというところです。それだけに、制作が進めば進むほど、思いどおりにいかないことが多く、そのたびに当初にあった設計図を書き変えていくことになります。しかし、また多数ある表現方法のなかで最上のものを選ぶことの醍醐味がここにあります。迷いがあれば、今一度スタートラインに立ち戻ってみましょう。
ここでは、番組を制作するなかで、「制作・演出」という、企画に魂を入れ、生き生きとした番組にするための重要なプロセスの話をします。
ただ、同じ番組でもドラマ、バラエティ、情報、ワイドショー、ドキュメンタリー、報道番組などその顔はさまざまでその境界線も曖昧です。視聴者もジャンルによって見方が変わるときと、そうでないときがあります。情報バラエティ番組で時事問題を扱えば報道ニュースととらえられたり、また、バラエティ番組でシリアスな社会問題を扱っても、面白おかしく紹介していると反感を受けるときがあります。そこで、この章では制作番組の取材に関する事例を中心に記載しますが、第3章「報道・取材」のガイドラインも参照の上、活用されることを望みます。


制作経験を積んでいくということとは…

我々が制作し、放送しているテレビの映像は、バラエティのみならず報道のニュースやドキュメンタリーに至るまで、我々制作者の意図の下に作られています。
つまり編集点や絵のサイズに至るまで視聴者に感じてもらいたいことをいかに効率よく伝えるかの下に制作しています。我々制作者はさまざまな過程で、取捨選択を行い放送に至っているのです。
つまり街頭でのインタビューで快く応じてくれた一般の人に対しても、この人を採用し、放送する際には制作者には責任が生じるということです。
番組制作に初めて携わったときには、自分が発注したテロップ1枚が放送に乗る際にさえドキドキした経験を持ったものですが、制作業務に慣れてしまうと、取材でも「取れ高」を気にして映っている対象を「使える、使えない」の基準でしか判断しないようになってしまいがちです。 しかし映っているのは実は自分たちと同じ生身の人間であり、その人の生活であったりします。バラエティでタレントが演じている場合でも、どこかであるシーンを再現・演出していることがほとんどです。また演じるタレントも生身の人間です。
社会には自分と異なった境遇、価値観をもっている人がいるということを改めて考えてほしいと思います。自分以外の人が見たときどう感じるのか? このような演出で良いのか? 完成させるまでに一度、立ち止まって考えてください。
制作者と一括りに書いていますが、我々はみんな少しずつでも異なった価値観をもっています。すべての人を納得させることはほぼ不可能でしょう。
問題のないお利口な番組を作ろうというわけではなく、どこまでがギリギリの演出か? これまでの生活や仕事のなかで培った自分の倫理感・価値観を元に考える習慣を身につけてください。バラエティで常識を逸脱する場合でも、ここまでならOKだろうというラインを自分の心の中にしっかりと構築してください。番組制作を続けていくなか、きっちりとしたぶれない判断力を身につけていくこともまた制作者としての成長です。情熱をもって制作にあたりながら、自らを顧みる冷静な視点を忘れてはいけません。
このガイドラインに載っている事例は我々の先輩のころからの事案が多くあります。また一方で社会環境の変化で、法令改正も含めて、昨日まで良かったことが今日は駄目、明日はまた変わるかもしれません。
快く取材を受けてくれた人が、世間一般であまり知られていない微細な(?)法令違反をしたりして、これを知らずに放送し、結果としてその本人に迷惑をかけてしまうこともあります。制作者としては「知らなかった」で済ませることは逃げでしかありません。
番組制作において制作者はあくまでも主体であり、「無知の罪」はできるだけ避けるよう社会に対してアンテナを張って生活していく気概が求められます。