関西テレビ放送株式会社

 

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  • 14.「過剰」演出と「問題」演出

(1)事実や情報の確認

テレビはメディアとして瞬時に広いエリアに新しい事実や情報を伝えることができます。視聴者への影響は大きく、場合によっては生活やいろいろな行動に変化をもたらす規模になることもあります。報道番組は当然ですが、情報バラエティ番組が増えているなか、情報や事実について正確さや公正性を期すことは重要といえます。「わかりやすさ」、「面白さ」を追求するあまり、事実や情報の正確・公正が疎かになってはいけません。もし間違っていたなら、視聴者からの信頼は大きく損なわれてしまいます。
取材対象者本人の言い分だけでなく、それを裏づける証拠や書類、第三者の見方や証言等のウラ取り、ダブルチェック、クロスチェックは欠かせません。
BPO放送倫理検証委員会は、2011年に事実や情報の確認について2件の委員会決定を出しています。事案の概略を記載します。


事例① インタビュー相手が関係者と知りながら
報道番組のなかで、ペットを対象にした新しいビジネスとして、ペットサロンとペット保険を紹介した。ところが、一般利用客として登場した女性2人が、実はペットビジネスの運営会社の社員だったことが判明した。
取材ディレクターは女性客が社員だと知りながらカメラマンや上司には報告していなかった。
(委員会決定第10号「『ペットビジネス最前線』報道に関する意見」より)


事例② 事実確認を怠ったために…
1.酵素飲料と断食の組み合わせで、ダイエットに成功したと紹介された女性が、実は酵素飲料の販売会社の経営者だった。
2.15億円でホテルを購入するというセレブ女性の売買交渉を取材、ホテル側にその意思がないのに、交渉が成立するかのように放送した。女性が所属する会社が当該ホテルの宣伝等の業務を行っており、その会社の役員とホテルのオーナーが親子であった。
3.ニューヨークに23の不動産物件を持つというセレブ女性を紹介したが、後に放送局自身が「所有を証明できず、事実と異なる放送をした」と謝罪した。
(委員会決定第12号「情報バラエティ2番組3事案に関する意見」より)

(2)事実と真実

ドラマは虚構の世界です。虚構を積み重ねることによってテーマを伝えます。事実を記録することよりも真実を表現することもできます。素晴らしいドラマにはドキュメンタリーを感じることがあります。
ニュースは事実を伝えることに主眼が置かれますが、バラエティ番組などの番組はどうなのでしょうか? 笑いをモチーフにした娯楽番組は、何を伝えているのでしょうか?
制作者は自分が面白いと思えるものを視聴者にも面白いと思ってもらえるかどうか、を考えます。しかし、制作者が意図していなくても、笑いをテーマに持ってくることで人間の本質の一面を伝えているのかもしれません。可笑しさと、そこに隠れる悲しさ。強さと弱さ。そういう意味で、娯楽番組といえども、世の真実を伝えるための手段といえます。
事実とは何か?
より見極めが大事なのが、情報番組や、ドキュメンタリーでしょう。視聴者のほとんどは、それらの番組を見たとき、すべてが事実であるように信じるでしょう。ここでいう事実とは「カメラの前で起こっていることが、実際に今そこで自然に起こったことだ」ということです。
ドキュメンタリー番組は作家性が強く、テーマを伝えるための方法として、ときに再現の手法を使います。ドキュメンタリー映像のすべてがカメラの前で自然発生的に起きたものとは限りません。風習など日常行われることを再現することは、許される手法だとされています。
それでは、日常的ではない事実を視聴者に再現と知らせず行なった場合はどうでしょう? 視聴者を裏切ったことになるのでしょうか?


資料 BPO放送倫理検証委員会・委員会決定第13号
   <「ありえへん∞世界」に対する意見>
僻地シリーズとして沖縄県の南大東島を取り上げ、国からの交付金で年収が1000万を超えるサトウキビ農家が続出、沖縄本島に豪邸を持つような裕福な生活をしているなどと紹介した。
村長の抗議を受けて当該局が調査した結果、番組で紹介したような高収入の農家はほとんどない上、沖縄本島に家を所有するのも子女を高校に通わせるためであるのに、ビバリーヒルズ豪邸の写真を使用したため、視聴者に誤解や偏見を生じさせたと述べた。
委員会は、「僻地」と「ありえへん」という2つのテーマに沿う想定台本が作られ、それに合う情報や映像を組み合わせた結果、事実を歪め誇張した放送になったもので、一般住民を取材する際の愛が欠如していると指摘した。
僻地感を強調するため、実際は飛行機で那覇から1時間余りで行けるにもかかわらずまったく言及せず、貨物船で15時間かかると字幕スーパーをしたのは、過剰演出ではないかと疑問を呈した。

(3)やらせと虚偽・捏造

テレビでは過去にも、やらせなど多くの不祥事が起きていたことも事実です。多くの番組は事実だけをそのまま伝えるものではなく、制作者の意思が入ってきます。取材対象者へのインタビューの仕方、カメラアングル、編集ポイント、挿入されるコメント、すべてにある種の作為があり、それは逆にいうと伝えるための工夫をしているわけです。ほとんどは、演出として問題とはされないものです。どこからが許されないのでしょうか?
はっきりとしたラインはあるのでしょうか?
辞書によると

やらせ …… 「事前にしめしあわせてことを行わせること。」(大辞林)
「事前に打ち合わせ自然な振る舞いらしく行わせること。また、その行為。」(広辞苑)
虚 偽 …… 「真実ではないのに真実のように見せかけること。」(大辞泉)
捏 造 …… 「事実でないことを事実のようにこしらえること。でっち上げ。」(大辞泉)


事例① 偽看護婦 ※
在阪局のトークバラエティ番組のコーナー企画「出張アンケート・看護婦さん大会」で、20人の看護婦さんに聞いた。ところが12月19日に、夕刊紙が「出演の看護婦のほとんどがニセモノだ」と、すっぱ抜いた。
このコーナーは外注で、出演者集めは、さらに下請けの個人事務所がやったもので、放送日が近づいてもホンモノの看護婦が集まらず、看護学校の学生やOLを代役に立てていたことが判明した。
※1992年11月放送当時の呼称。現在は看護師。


事例② 食べてヤセル食材X
2007年1月放送の「発掘!あるある大事典Ⅱ〜食べてヤセル!!! 食材Xの新事実」においての問題点。
1.やせる論拠として使用した外国人の専門家の証言に対する日本語訳ボイスオーバーが発言内容と違う。
2.実験の被験者がやせたことを示す比較写真に別人の写真が使用されていた。
3.実証実験である「あるあるミニ実験」の数値が測定されていなかったにもかかわらず、架空のデータを捏造して使用した。
(関西テレビ謝罪会見 2007年1月20日 より)

「やらせ」、「虚偽・捏造」。番組制作者としてはやってはならないものです。
放送法に反するからだけでなく、そこにはもはや、番組制作者の良心の居場所がないからです。
ただし、はっきり断定できないケースもあります。


事例③ 「禁断の王国・ムスタン」(1992)〜NHKによる調査報告から
〔やらせ〕
1.取材スタッフが高山病にかかった場面は、スタッフの演技を撮影。
2.ムスタンへ向かう途中、岩が崩れる場面は、故意に落とした岩を撮影。
3.その際の流砂現象も、スタッフが人為的に引き起こした。
4.少年僧が雨ごいをする場面は、スタッフが依頼した。
5.小学校のヤギの解剖は、理科の授業ではなく、スタッフが依頼して食用のヤギを解剖させた。
〔虚偽〕
1.「雨が3か月以上1滴も降っていない」としたが、ごく少量1、2回は降った。
2.「国境を守る警備兵」と紹介したが、警察官だった。
3.「少年僧の馬が死んだ」と表現したが、少年僧の馬ではなかった。
4.「老人が『王』に水争いをめぐる直訴をした」とコメントしたが、水不足とは無関係だった。
5.「ムスタン王国」という表現は、ムスタンがネパール王国の一地域であることから、不適切。

「禁断の王国・ムスタン」の〔やらせ〕にある1は、実際の事態を当事者が再現したものでした。これが「やらせ」にあたるのか、議論が百出しました。4の少年僧の雨ごいも、「習俗慣習の再現であって、やらせとは一線を画すべきもの」(「テレビの嘘を見破る」今野勉著)との意見があります。



資料 衆議院通信委員会議事録

1993年2月22日

参考人招致 NHK会長 川口幹夫氏

○川口参考人 NHKを代表しまして、まず、今回の事件について国民の信頼を裏切ってしまったこと並びに当委員会の先生方にも多大の御心配、御迷惑をおかけしたことをおわび申し上げます。
今回の件につきましてこれまでの経過を申し上げます。
私どもは、今回の事件の重大性を深刻に受けとめまして、二月二日、ムスタン取材緊急調査委員会を設置いたしました。ムスタン取材に関するさまざまな問題につきまして、ネパールあるいはインドで現地調査を実施するとともに、関係者から事情を聞きまして、真相の究明と責任の所在あるいは再発防止策をどうするか、そういうことを重点にいたしまして集中的な調査検討を行いました。そして今先生がおっしゃったように二月十七日、現時点での取りまとめを行いました。
その結果、二月四日に放送で訂正とおわびをいたしました、雨が三カ月以上一滴も降っていないというコメントとか、あるいは落石、流砂のシーンなど六カ所のほか、小学校でのヤギの解剖の授業、老人の王への直訴などの場面に誤解を招く表現があった、あるいは取材、制作手法や放送内容に適切でない点や事実と異なる部分があったことが改めて判明いたしました。また、オオカミ輸入の事実関係、あるいはメディアミックスの事実関係、総集編の制作過程等々につきましても、問題とすべき点があったことが明らかになりました。
こうした事態を招いた原因としては、まず一つは、制作者個人のドキュメンタリーへの思い込みと、それから過信があったこと、そして番組制作過程の管理、責任体制においてチェック機能が十分でなかったこと、そして社会人としてのモラルに欠けるところがあったこと、さらにメディアミックスに関する職員の理解が不徹底であったということを認識しております。

○川口参考人 いわゆる「やらせ」という言葉が大変大きな流行語のようになりましたけれども、私どもは、例えば事実と異なるとか表現が行き過ぎというふうな分類をいたしまして、この問題を定義いたしております。
ただ、今回の反省点の一つとして、過剰な演出、それから許される再現という問題がございます。先ほど先生がおっしゃいましたように、事実と真実とは何だということになりますと、事実をそのまま描いたらそれが真実を追求したことになるのか、あるいは、何らかの表現をやったことによって真実に迫ることができればそれは真実追求の手段として許されるんじゃないか、そういうドキュメンタリー論もございます。したがって、これが十分な議論が行われないままに個々の制作者の判断に任せきりになってしまったというところがあるんじゃないかというぐあいに思っていまして、このような問題につきましては、今後放送現場の倫理に関する委員会というものを設けまして、十分に現場的に討議をしていきたいと思っております。


(4)中継番組における“時間”の演出? それとも…


事例① 実際はなかった順位表
ゴルフ番組で、「録画映像の時間と生中継映像の時間が近接しているように番組を編集し、実際にはなかった順位表を放送した」
期待の日本選手が2日目の16番ホールで、バーディをとって通算8アンダーに。このとき、生中継のテレビ画面でアナウンサーが「1位タイ」と話し、他の2選手と並んで「1位」と表示された。8組先の1位の選手がプレーを続けている様子も流れた。だが、この映像は録画で、この選手は実際には通算9アンダーでホールアウトしていた。
実際には1位になっていないのに、途中で「1位」と放送したのは、「報道は事実を曲げないですること」と定めた放送法に抵触したとして、総務省近畿総合通信局は、当該局に対し、文書で厳重注意し、再発防止に向けた体制の確立を要請した。


事例② 収録映像を生中継のように演出
大型イベント会場から約3時間にわたり生放送された歌番組で、2組のアーティストの映像が実は2週間前に収録されていたものだった。
放送では、生放送の会場から、司会者が別会場に呼びかける形をとり、収録の際もそれを受けるやりとりをしたもので、画面上にもパラボラアンテナのマークが表示されていた。放送後、視聴者から「てっきり生で歌っているものと思った。だまされた」という批判が相次いだ。

事例①は特殊な例ですが、大問題となったもので、ともすれば陥る危険性をはらむ放送でした。事例②は、このような演出手法に問題がないとはいえないものの、視聴者の誤解を招かない新たな手法を考えたいと、当該局は真摯な姿勢を示しました。
いまや、インターネットの発達もあり、私たちの番組はさまざまな監視の下に置かれています。バレなければいいという考えは捨て去ってください。
確かに表現の世界では、受け手側の反応も千差万別です。演出上のことで、批判にさらされることが起きないとは限りません。
しかしそこで大切なことは、伝えるテーマについて志と情熱を強くもって、相手を納得させられる理論武装ができるかどうかではないでしょうか。
視聴者を裏切らない、出演者を裏切らない、スタッフを裏切らない。
自らの行為で自らの表現が奪われる不幸が繰り返されないために。