関西テレビ放送株式会社

 

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  • 3.常に「いま」に敏感であるために

「個人」を原点としてスタートした「企画」は、「番組」となって各家庭のお茶の間に、自室の個人用テレビに、そして外出先のワンセグ携帯端末にまで送り届けられます。「番組」が視聴者の「現在」に、市民の日常生活の「いま」に次々と送り込まれているのです。
だからこそ、テレビ番組を企画、制作していくときには、常に「今なぜこの番組を作るのか」という問いが投げかけられます。「世の中」の「いま」をいかに捉え、いかなる方法で、「個人の発意」を起点としてスタートした「企画」に込められたメッセージを発していくのか。企画者(もしくは制作者)の「いま」との真摯な向き合いが求められます。
私たちを取り巻く環境の「いま」、すなわち社会問題、世間の風潮、時代の趨勢、メディアの「現在」に常に目配りをしておかなければならないのは、いうまでもありません。しかしこれは、決して取り巻く環境の「いま」にただ迎合すれば良いということではありません。「いま」を敏感に感じ取り、冷静に分析し、「今なぜこの企画を出すのか、この番組を作るのか」という問いへの答えを常に持っていなければなりません。まさに企画者(もしくは制作者)自身の「いま」の立ち位置を問われているといっても過言ではありません。

ではそのために、私たちはどのように心がけるべきなのでしょうか。
当たり前のことかもしれませんが、それは、私たち自身の日常の心がけやアンテナの張り方、そして自己啓発への取り組みにすべて集約されています。
まずは、日常のあらゆる「情報」に触れ、自ら「現場」に身を置き、自分自身で実感、体感すること。新聞、書籍はいうまでもなく映画、芝居、コンサート会場、演芸場。あるいは市場や祭り、雑踏などに、とにかく足を運び、自ら感じ取る。とかく多忙で生活時間も不規則になりがちな制作現場ですが、「番組を作る」ことが本務であるからこそ、やりくりをしてでも時間を割くべきでしょう。
そして家族、友人、近隣の人々との会話。さらには地域の視聴者の皆さんとの会話の機会を作り出す努力。あるいは職場の先輩・後輩、制作パートナーとのコミュニケーション・議論など、より多くの人々と日ごろから「モノづくり」に関して語り合うことも非常に大切です。また、社内外を問わず、スタッフを教育・指導していくことも私たちの大きな責任です。
こうした不断の努力の積み重ねが、「当事者意識」を生み、たゆまぬ「想像力」を育み、企画者(もしくは制作者)自身の「いま」をおのずと豊かにしていくのです。そして、そこから湧き上がる「個人」の「当事者意識」を原点とした「企画」と、「想像力」を駆使した「モノづくり」こそが、「番組」としての本当の輝きを放っていくと確信します。


資料① 「発掘!あるある大事典」調査委員会報告書より
しかし、このころの社会情勢として、健康志向の高まりに伴い、例えば平成14年に中国から輸入されたダイエット商品による健康被害が社会問題化するなどし、(中略)健康の保持増進の効果等に関する虚偽又は誇大な広告を禁止する健康増進法の一部改正が平成15年8月29日になされていた。
これを受け、民放連においても、健康関連番組の増加を踏まえ、番組における取扱いの適正化を図るため、留意すべき事項を定めるとともにテレビショップ等に関する規定を新設し、視聴者保護に関する自立的取組が強化され、以下のとおり、放送基準57条に新たな健康情報が加えられることになり、平成16年1月30日、民放連放送基準審議会より各放送局宛に放送基準の改正の通知がなされていたことは、前述したとおりである。
関西テレビは、同時期に上記のような番組を制作するのであれば、このような情報番組に対する環境の変化を敏感に受け止め、その趣旨に十分に配慮した番組作りを進めるべきであったといえよう。


資料② 「発掘!あるある大事典」調査委員会報告書より
意図したテーマから外れたり、テーマに反するコメントや事実はいらないということである。それらは当然のように、切り捨てられる。事実や真実や知識がそれほど単純なものでないことは、いくら強調してもしすぎることはないが、いまはそのことはおいておく。要は、テーマに沿った、都合のよいコメントや事実だけが集められるということである。そうやって編集が進み、番組として仕上げられていく。
ここにないのは、コミュニケーションである。都合のいい説明やコメントをしてくれる相手とすら、本質的なコミュニケーションが成り立っていない。あたかも必要な材料だけを調達してくるように、番組で使えそうな言葉だけを拾ってくる。テレビは最大のマスコミと言われながら、ここには取材する側とされる側とのあいだの真剣なやりとりがない。葛藤がない。コミュニケーションがない。
これは専門的な知識の、安直な利用である。

問題は、その核心に位置して、番組制作そのものに携わっている人々の精神と活動領域に、未熟さや劣化とも呼ぶべき事態が広がっていることである。事実・真実・知識に迫ろうという当事者意識を欠き、それらの複雑な背景や入り組んだ由来については最初から知ろうともせず、手っ取り早く都合のよい資料やコメントを調達することしか考えない……。これは知性の劣化である。