関西テレビ放送株式会社

 

  1. 第1章 番組企画 >
  2. 1.まず「企画意図」ありき
  • 1.まず「企画意図」ありき

番組を企画するにあたって最も根源的に重要で、かつ決して欠くことができないものが「企画意図」です。企画者(もしくは制作者)は、その番組を通して人々に何を伝えたいのか。これはドキュメンタリーやドラマ、バラエティなどジャンルに関係なく、たとえ全編ナンセンスギャグ的なコントを見せていくお笑い番組においても必要で、番組のコンセプトともいえる重要なものです。
「企画意図」とはまた、企画者(もしくは制作者)のより深いところにあるもの、ある種の魂とでも言うべきものです。そして、この魂(=企画意図)を具現化する作業こそが、番組を制作し放送するという途方もなく苦しい、しかしやりがいに溢れた仕事となるのです。

企画意図を具現化する過程にはさまざまな関門が待ち構えています。
番組を制作し放送するにあたり、私たちが遵守しなければならない法令や放送基準。社内的には、上司や、編成・営業といった各セクションの同意。また、予算規模やスタッフメイクの問題、技術的課題。そして、世間の風潮や時代の趨勢、目標視聴率。そして何よりも視聴者。
これらの関門は、自分自身の企画意図を具現化するときに、あるときは応援者となり、あるときは大きな壁となることがあります。しかし、テレビ番組は、個人の発意が公共的使命を担うメディアの表現として世の中に出て行くものだからこそ、当然のこととして、これをクリアしていかなければならないのです。
苦難続きの、この道のりを乗り越えて行くための原動力は、「自分の企画意図を伝えたい、表現したい、世に問いたい」という情熱です。この情熱があるからこそ、この情熱の実現のために番組制作に対して、より積極的に、より慎重に取り組むことができ、番組の制作過程に問題がないかチェックすることができるのです。チェックマニュアルやチェック体制を整備することは大切なことですが、企画意図に支えられた番組を具現化していく情熱がないと、本当の意味で番組に魂を込めることはできません。
また、社内の関門、ある種のハードルとなる上司や編成部門、営業部門、経営陣等の意思や方針が、当然のことながら、本来の企画意図の具現化を損ねるようなただの障害となってしまっては意味がありません。テレビ番組が「個人の発意」を原点に、情熱を原動力としてかたちとなり、それが公共的使命を担うメディアの表現として世の中に出ていくということを十分に理解した上で、その過程のすべてに責任と愛情と敬意をもって、それぞれの部署がそれぞれの役割を果たす必要があることを忘れてはなりません。


資料 「発掘!あるある大事典」調査委員会報告書より
私たちはそれぞれの段階の会議資料や取材テープを検証したが、そこで強く印象づけられたのは、多くの関係者から、その番組、そのテーマ、その事実に対して強い関心を持ち、敢然と取り組むのだ、という明確な意欲や意気込みを感じ取れなかった、ということである。どこか他人事なのだ。だれもがどことなく他人任せであり、自分はそのテーマや事実や知識を本気で信じてもいなければ、真正面から取り組んでいるわけでもない、という気配が漂ってくる。いったい何のために集まっているのか、ヒアリングを繰り返しても、じつはよく分からないのだ。
「納豆ダイエット」の制作過程で仔細に検証したように、当初、番組の軸として取り上げることにしていた成分βコングリシニンについて、その研究者と連絡も取らず、話も聞かないうちに、現場を統括する立場の制作幹部らも顔を揃え、番組の基本方針を決定する企画会議(分科会)が2度開かれ、2度とも成分そのものや研究内容の検討ではなく、納豆の食べ方やダイエット効果の演出法に議論が流れていっている。
もう一例を挙げれば、やはり制作幹部をまじえ、スタジオ収録直後のVTRチェックが行われたとき、幹部らはDHEAについて語る人物がF3教授からF1教授に変更されていたことに、ほとんど気がついていなかった。
制作関係者のあいだに漂うこのいい加減さを、私たちは「当事者意識の欠如」と呼んでおきたい。