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『カンテレ開局60周年特別ドラマ なめとんか やしきたかじん誕生物語』
演出・木村弥寿彦&脚本家・藤田智信さんが、たかじんさんとの思い出を語る!

歌手、タレントとして関西を拠点に活躍し、64歳でこの世を去ったやしきたかじんさん。誰もが知る“関西の視聴率王”はどんな青春時代を過ごし、どんな人と出会い、どんな影響を受けてきたのか?11月20日(火)午後7時放送の『カンテレ開局60周年特別ドラマ なめとんか やしきたかじん誕生物語』では、駿河太郎さんを主演に迎え、これまであまり知られてこなかった、たかじんさんの下積み時代から晩年までを描いていく。演出を手掛けたのは、『たかじん胸いっぱい』のディレクター、プロデューサーとして長年、たかじんさんと交流のあった木村弥寿彦監督。そして、同じく『たかじん胸いっぱい』など数々の番組でたかじんさんとタッグを組んできた構成作家の藤田智信さんが脚本を担当。たかじんさんのことをよく知る、そんな二人にドラマの見どころやたかじんさんとの思い出、逸話を語ってもらいました。

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Q.たかじんさんとの出会いはいつ頃ですか?

木村:制作部に入って、初めてついた番組が『たかじん胸いっぱい』で、その後、ほかの番組についた時期もあるので、付き合いはトータル10年ぐらいです。実は、小学5年生のとき、実家の神社であった夏祭りのイベントで会っているんです。前座でたかじんさんが歌手として来られていて、まだお客さんもほとんどいなかったから、僕と友達の前で「俺の歌、おもんないやろ」と言って、ガンダムの曲を歌ってくれたんですよ。

藤田:そんなことがあったんですね。僕は毎日放送の深夜番組『新・たかじんが来るぞ』から本格的に一緒に仕事をするようになったんで、23~4年の付き合いです。出会ったときは僕が30歳で、たかじんさんは41歳。一番元気でアツいときでした。収録が終わると、スタジオの隅でお酒を飲みながら軽く反省会が始まり、楽屋に移ると僕らも入っての反省会や説教になり、その後は新地に飲み行くという。収録終わりの夜9時から深夜3時まで楽屋で説教という、最長記録6時間っていうのがありましたね(笑)。

木村:ほんまに収録よりも楽屋の時間の方が長かったですよね(笑)。

Q.お説教の内容で覚えていることはありますか?

藤田:作家として、たかじんさんと一緒に仕事し始めた頃、酔った勢いもあって「次の収録までに100本企画書いて来い!」って言われたんです。悔しいから、40本書いて持って行ったら、たかじんさんに「そんなこと言うたかな」って言われて…。でも、それで認めてもらって、『たかじん胸いっぱい』や『たかじんnoばぁ~』などその後のすべての番組に関わらせてもらったんです。説教の後はちゃんとフォローしてくれるし、お酒が入ってないときは真面目でシャイで、飲みに行くのも一人では絶対行かない人でしたね。

Q.たかじんさんの下積み時代を描こうと思ったきっかけは?

藤田:たかじんさんにも売れない時代があって、こんなにもがき苦しみ、それでも夢を諦めずにチャンスを掴んだということを知ってほしかったんです。10年ほど前から、たかじんさんとお酒を飲みながらこういう話はしていたんですが、カンテレ開局60周年記念ドラマの企画だと、たかじんさんのドラマを大々的にできるかなと思って提案しました。

木村:藤田さんから「たかじんさんの青春時代の話はどうやろ」と言われて、僕もよく楽屋で聞いていて面白いなと思っていたのと、カンテレに貢献してくださったたかじんさんのドラマを、この開局60周年記念で作ることに意味があるんじゃないかと思ったんです。

藤田:内容はたかじんさん本人から聞いた話のほか、京都の下積み時代を知る方に何人か取材をして作っていったのでほぼリアルです。いろんな人に話を聞く中で、「おとなしくて真面目で、あんなにペラペラしゃべる子やなかったで」という人がいたり、「めちゃくちゃやったで」という人もいて、いろんなたかじんさんの姿が見えてきましたね。なぜ、たかじんさんがあんな風になっていったかは祗園に答えがあると、そう感じて下積み時代を中心に描こうと思ったんです。

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Q.たかんじんさんの役を駿河太郎さんが演じられますが、その起用理由は?

木村:太郎君とは何度か一緒にドラマの仕事することがあって、たかじんさんに似ているなと思っていたんです。バンドをしていて、ギターを弾けるのも知っていたし、京都時代にはギターの弾き語りをしていたたかじんさんとも重なったんです。実はたかじんさん本人も、ドラマ『半沢直樹』に出演していた太郎君を見て、「俺に似てるな」って言ってはって、それで調べたら「(笑福亭)鶴瓶の息子やんか」って。鶴瓶さんとたかじんさんは仲も良かったから、これも不思議な縁ですよね。

藤田:ドラマの最後の方は、だんだんのり移ってきたのかと思うほど、迫力がありましたね。

木村:ほかにもたかじんさんと縁のある人たちがたくさん出てくださっているので、そこも見どころです。たかじんさんとしては、めちゃくちゃ好きやった沢尻エリカさんや北川景子さんに出てほしかったでしょうね(笑)。

藤田:ホステス役とかで登場したら面白かったですね。

木村:それは贅沢すぎますね(笑)!

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Q.お二人から見て、たかじんさんはどんな方でしたか?

藤田:本音をズバっと言ってくれるから、視聴者が「よう言うてくれた!」と痛快になれる。そんな人、なかなかいなかったですよね。「大阪のおばちゃんは裏切ったら怖い」「関西を大事にしなあかん」ってよく言っていて、東京ではできひん番組作ったるっていう意識が強かったんだと思います。

木村:唯一無二の人ですね。

藤田:それでいて、コンサートが始まると必ず体調を崩すという、そこはドラマにも描いていますが、歌に対してそれだけ真剣だったんでしょう。「テレビは一切、緊張しいひんねん」って言うてましたし、やっぱり“歌手・やしきたかじん”だったんでしょうね。

木村:でも、飲みに行って自分の歌をあれだけ歌う人は珍しいですよね(笑)。完全にコンサートでしたから。聞いている僕らは、めちゃくちゃ幸せでしたけどね。

藤田:プライベートでは競馬で100万円賭けたはいいけど、賭け過ぎて倍率下がったなんていう逸話もあり、コンビニで100円か120円かどっちのプリン買うかで悩むような庶民感覚も持っていました。最新家電も好きで、いち早くルンバを買ったときは、ほんまに掃除できるんか、ルンバの後ろをついて行って「俺がやったほうが早いな」って言ってましたし(笑)。

木村:楽屋のケータリングにもこだわっていて、ゲストは東京からわざわざ来てくれるんやからって、おもてなしの心を大事にされていましたね。

藤田:ハワイに行っても、知り合いが来たら、誰が迎えに行って、晩ご飯はどうするとかを書いたハワイノートを作っていました。せっかく来てくれるんやからって。たかじんさんは何のためにハワイに行ってはるんやろって思いましたけど(笑)。

Q.たかじんさんの言葉で印象的に残っていることや、教わったことは?

木村:「お前、必死でやってるんか」「死ぬ気でやれ」とよく言ってましたね。

藤田:お酒の席では「寝るな」ってよう言われました。「死んだらいつでも寝れる」って(笑)。あと、「遊びは真剣にやれ」と教えられましたね。「遊ぶのもしんどいぞ~」って本人は言うてましたけど、それが人間関係や仕事の幅を広げるんですよね。

木村:スタジオでも空気感を大事にしていて、「現場の空気が作品として伝わる。オンエアというのはそういう意味なんや」と言ってましたね。楽しいシーンは、現場も楽しくないと視聴者に伝わらないし、それはこのドラマの撮影現場でも意識していました。そういえば、撮影に関してはすごく天気に恵まれていたんですよ。例えば京都のシーンでは、石畳は濡れている方がきれいなんですが、雨が降っては撮影が大変なんです。それが、撮影前に雨が降り、その後パァ~っと晴れて、石畳はいい感じに濡れていたりと、そういうことが何回かありました。その場の空気を読んで、たかじんさんが水を撒いてくれたんちゃうと思うぐらい、奇跡的なタイミングでしたね。

Q.では最後に、ドラマの見どころを聞かせてください。

木村:苦しいときにいろんな人と出会い、それが力となったり、影響されたり、そういう人間関係の面白さを描いたドラマです。共感したり、また頑張ろうと思っていただけたらと思います。笑いあり涙ありの、面白い作品になっています!

藤田:たかじんさんの愛した祗園の女性は、関係者の間では存在こそ知っていましたが、これほど大々的に描かれることはなかったと思います。そういう女性がいたというのは見どころの一つです。きっと、たかじんさんも気恥ずかしいと言いながらも、喜んでくれると思いますが、なんせ視聴率をにこだわる人でしたから、視聴率が良くて初めて天国のたかじんさんに褒めてもらえるんでしょうね(笑)。そのためにも、多くのみなさんに観ていただけたら嬉しいです!

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番組情報

『カンテレ開局60周年特別ドラマ なめとんか やしきたかじん誕生物語』
11月20日(火) 午後7:00~8:59

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