展示構成
[第1章]狂騒の時代のパリ
1920年代パリ ― それは戦争の惨禍を忘れるかのように、生きる喜びを謳歌した「狂騒の時代(レ・ザネ・フォル)」。この熱気渦巻くパリに、奇しくも1883年という同じ年に生まれた、マリー・ローランサンとココ・シャネルは、美術とファッションという異なる分野に身を置きながら、互いに独自のスタイルを貫き、まさに1920年代のパリを象徴する存在でした。社交界に属する優美な女性たちの「女性性(フェミニティ)」を引き出す独特な色彩の肖像画で、瞬く間に人気画家に駆け上がったローランサン。一方、シャネルの服をまといマン・レイに撮影されることはひとつのステータス・シンボルとなっていきました。本章では、ローランサンの肖像画やマン・レイの写真などから1920年代の社交界を見ていきます。

1923年 油彩/キャンヴァス パリ、オランジュリー美術館
Photo ©RMN-Grand Palais(musée de l’Orangerie) / Hervé Lewandowski / distributed by AMF

1923年頃 油彩/キャンヴァス パリ、ポンピドゥー・センター
Photo ©Centre Pompidou, MNAM-CCI, Dist. RMN-Grand Palais / image Centre Pompidou, MNAM-CCI / distributed by AMF
[第2章]越境するアート
1920年代のパリでは「越境」が1つのキーワードとなります。1つには「国境を越える」こと。スペインからピカソ、アメリカからはマン・レイ、日本からは藤田嗣治など、世界中の若者がパリでその才能を開花させています。そして2つめは、「ジャンルを越える」こと。美術、音楽、文学、そしてファッションなど、別々の発展を遂げてきた表現が、新たな総合的芸術を生み出すために、垣根を越えて手を取り合いました。その代表的なもののひとつがロシア・バレエ団「バレエ・リュス」です。フランスを中心に活躍したこのバレエ団は、「越境」の持つふたつの意味を体現する、まさに1920年代パリを象徴する存在でした。ローランサンとシャネルも、その活動に参加することで表現の幅を広げ、新たな人脈を形成する糸口をつかみました。そしてもう1つ「価値観の平等」という意味も込められています。絵画や彫刻に比べ、ファッションなどの装飾美術は低い評価を受けていました。それを打破すべくパリで開催されたのが、1925年の現代産業装飾芸術国際博覧会、いわゆる「アール・デコ博」です。本章では、「バレエ・リュス」や「アール・デコ博」を通し、1920年代パリの芸術界をみていきます。

1923年 油彩/キャンヴァス
ひろしま美術館

1919年 油彩/キャンヴァス パリ、ポンピドゥー・センター
Photo © Centre Pompidou, MNAM-CCI, Dist. RMN-Grand Palais / Jacques Faujour / distributed by AMF
[第3章]モダンガールの登場
1920年代、新しい女性たち、モダンガールが登場します。第一次世界大戦を契機にした女性の社会進出、都市に花開いた大衆文化、消費文化を背景に、短髪のヘアスタイル、膝下のスカート丈、ストレートなシルエットのドレスをまとった女性が街を闊歩しました。モダンガールのスタイルは、それ以前の世紀末やアール・ヌーヴォーの時代から進行していました。特に1910年代にはポール・ポワレがコルセットを外したスタイルを提案し、賛否両論を巻き起こします。やがて、ポワレの優雅なドレスよりも、さらに活動的、実用的な服装が打ち出され、ココ・シャネルのリトル・ブラック・ドレスが時代を代表するスタイルとなりました。しかし、1929年の世界恐慌やファシズムが台頭する不安な時代になると、復古調のロングドレスや装飾が復活します。パリ・モード界でもシュルレアリスムに影響された装飾デザインのエルザ・スキャパレッリが時代の寵児となっていきます。この時期、ファッション雑誌は写真に可能性を見いだし、マン・レイ、ムンカッチら気鋭の写真家を起用して、斬新な表現や躍動感ある女性像を提示しました。モダンガールもまた時代の息吹を吸って、どんどん変化していったのです。本章では、1910年~30年代パリのファッションの移り変わりをシャネルやヴィオネのドレスや当時の雑誌資料などで紹介します。

《イブニング・ドレス》
1938年 シルクシフォン、シャンティイレース 神戸ファッション美術館

1910年代 シルクベルベット
神戸ファッション美術館
[エピローグ]蘇るモード
1983年から36年間にわたりシャネルのデザイナーを務めたカール・ラガーフェルド。2011年の春夏オートクチュールコレクションで発表したデザインは、ピンク、光沢のあるグレー、全体を引き締めるかすかな黒、といったドレスの色使いにローランサンの絵画の世界を彷彿とさせました。ラガーフェルド自身が、ローランサンの色使いから着想を得たことを公言しています。機能的でシンプルかつモダンなシャネルの世界観と、装飾的にして華やか、そしてクラシカルなローランサンの絵画の世界観、ともに1920年代のパリを象徴する存在でありながら、互いに距離を置いていた二人が、百年近い時を経て新たなモードの中で見事に融合した瞬間でした。

黒いサテンのリボンの付いたピンクのフェイユ・ドレス
2011年 春夏オートクチュールコレクションより ©CHANEL

1922年 油彩/キャンヴァス
マリー・ローランサン美術館
©Musée Marie Laurencin
- 主催
- 関西テレビ放送 / 産経新聞社 / 京都新聞 / 京都市
- 協力
- ヤマト運輸
- 後援
- 在日フランス大使館 / アンスティチュ・フランセ日本
- 企画協力
- 美術デザイン研究所
- 監修
- [絵画]深谷克典(名古屋市美術館)[ファッション]成実弘至(京都女子大学)、カトリーヌ・オルメン(フランス文化財専門官、服飾史家)
お問い合わせ
京都市京セラ美術館
075-771-4334