北中米ワールドカップでの激闘を終え、日本代表が刻んだ熱い戦いの余韻が今も日本中に残っている。興奮冷めやらぬ中、いよいよJリーグもかつてない大きな転換点を迎えた。「2月開幕」から「8月開幕」へとシーズンを移行し、きのうJリーグは新たな歴史の1ページを刻んだ。 「世界に選ばれる舞台へ」。19歳の若さで京都サンガF.C.の司令塔にのぼり詰めた尹星俊(ユン・ソンジュン)が、描いた夢の続きを語った。
「ブラボー!」が響くダイレクトサッカーへの挑戦
「『ブラボー』ってめっちゃ言うんですよ。ブラボーしか頭に入ってこないくらい(笑)」 ユンが楽しげに明かすポポビッチ新監督の指導スタイルは、情熱そのものだ。練習ではダイレクトプレーやワンタッチが徹底され、戦術的な立ち位置についても妥協のない指示が飛ぶ。 「百年構想リーグ」でスタメンに定着し、自らの武器である「ボール奪取」には確かな自信を深めた。 しかし、新シーズンに向けて彼が掲げる課題は、より高いクオリティだ。「得点に関わるプレーの質を上げたい」中盤からゴールを陥れる「強い京都」を自らの足で体現するため、19歳の若武者は指揮官の「ブラボー!」を最高の得点シーンで引き出そうとしている。
「生き残れない」という恐怖…19歳が構築した“逆算”の正体

ピッチで見せる冷静沈着なプレー。その土台にあるのは、高校3年間で培われた「このままではトップで絶対に生き残れない」という10代とは思えないほど強烈な危機感だった。 その恐怖を拭うために彼が始めたのが「逆算のシナリオ」の構築だ。 まず「プロで活躍する自分」というゴールを設定し、そこに到達するために今何が足りないのかを冷徹に分析。必要なトレーニング内容はもちろん、一日24時間の「時間配分」までもプロ入り前から緻密に設計してきた。 驚くべきは、その徹底ぶりだ。ユンは体重、筋力、さらにはピッチでの走行スピードといった膨大なフィジカルデータを、ノートに書かずとも常に意識し、チェックし続けてきた。「今J1の舞台でやっていてもフィジカル負けはしていない」 その確かな手応えは、自ら作り上げたシナリオが正しかったことの、何よりの証明だ。
チャンスを運ぶ魔法の数字「背番号25」との不思議な縁
論理的な思考を持つユンだが、その一方で、自身のキャリアを支えてきた不思議な“縁”も大切にしている。それが「背番号25」だ。 始まりは、ヴィッセル神戸のジュニア時代だった。「25番を付けていた時に、試合に出させてもらえたんです」 その後、京都サンガのユースに昇格しても、1年目から再び25番を背負うと、不思議と出場機会に恵まれた。 プロの世界に飛び込む際、空き番号となっていた「25」を自ら希望したのは、「自分にとって良い流れを運んでくれる、縁起の良い数字」だと直感したからだ。彼にとってこの数字は、自ら努力が結実する瞬間を常に見守ってきた、勝利の女神のような存在なのだ。
ヤングプレーヤー賞の先にある4年後の夢
今シーズンの目標は明確だ。「年間ヤングプレーヤー賞」の獲得、そしてチームとしてのタイトル獲得。 「4年後のワールドカップには絶対に出たい」 かつて「プロの壁」を逆算して乗り越えたように、今度は「世界の壁」を逆算して打ち破る。縁ある背番号25と共に、尹星俊は自ら描いたシナリオ通りに、日本サッカーの新たな主役へと駆け上がる。


