2026.6.25(木)

前田大然「スピードなら大阪で3本の指」 小学校時代の恩師が明かす異次元の加速!敵に“2人マーク”を強いた怪物の少年時代

北中米W杯で快進撃を続ける日本代表。初戦のオランダ戦にスタメン出場し、その韋駄天ぶりを世界に知らしめた前田大然(28)。チュニジア戦では、代表史上最多得点となる4-0の快勝をベンチから見守る形となったが、次戦のスウェーデン戦、そして1位通過での決勝トーナメント進出へ向け、その快足への期待は高まる一方だ。今や世界中が恐れる「爆走スプリント」のルーツは、大阪・太子町にある。前田が小学校時代に所属した「太子町JSC」のコーチ・松井勝也さん(63)が、当時から規格外だった“怪物”の少年時代を振り返った。

規格外の衝撃だった転校生

「とにかく、ずば抜けたスピードがあったのは最初からなんです」松井さんのもとに、一人の足の速い子がやってきた。小学4年生のとき、転校生としてチームに加わった前田は、瞬く間に周囲の度肝を抜いた。その加速力は当時から異次元で、松井さんは「スピードだけだったら、大阪でも3本の指に入っていた」と確信する。 当時のチームは、勝つことよりも「サッカーを楽しむこと」を大切にする、地元密着ののどかなクラブだった。しかし、前田の存在があまりに強烈だったため、いつしか子供たちの間では、ある「必勝法」が確立されたという。 「キーパーがキャッチしたら、とにかく大然めがけてボールを蹴り出す。誰かがスルーパスを出せば、あとは大然が走って決めてくれる」 地元ではその戦術がバレてしまい、小学生相手に異例の「2人がかりのマーク」が付くこともあった。それでも、前田を放っておけば勝ってしまう。リスクを承知で相手が2人を割かなければならないほど、その脚力は小学生の枠を完全に超えていた。

ギャップの素顔 “やんちゃ”な見た目と繊細な責任感

世間では「やんちゃ」なイメージを持たれがちな前田。だが、松井さんが知る素顔は、それとは正反対の「お兄ちゃん気質で、とにかく真面目な少年」だったと語る。 チームには弟も在籍しており、下の子たちの面倒をよく見る優しい一面があった。また、転校生という立場もあってか、周囲の友達に対しても細やかな気遣いができる子だったという。 「サッカーが好きやから練習する。休みの日でも友達と公園でボールを触っている。そんな環境が彼を育てたんだと思います」 天性の才能に溺れることなく、地道に積み重ねた努力。その“真面目さ”こそが、スピードを真の武器へと昇華させた要因だと、恩師は分析している。

世界の舞台へ「怪我だけはしないで」恩師が託す願い

「Jリーガーにはなるやろうとは思ってましたが、まさか日本代表にまでなるとは」教え子が世界のトップスターと対峙する姿に、松井さんは目を細める。 実は、この太子町JSCからJリーガーとなったのは前田だけではない。田路耀介(元金沢)や、2027年に町田への加入が内定している西川颯人といった才能が、同じピッチから羽ばたいている。人口約13,000人の町にある「誰もが楽しめる」地元のチームから、なぜこれほどの逸材が相次いだのか。松井さんは、その答えを彼らの「純粋な情熱」に見出している。「まずサッカーを好きになってもらわないと、うまくならない」前田が今も見せる、泥臭いまでの献身的なプレー。その根底には、かつて太子町の公園で日が暮れるまでボールを追いかけた、あの頃と変わらない「サッカーへの愛」が息づいている。 オランダ戦で見せた気迫、そしてチュニジア戦での歴史的勝利を経て、日本代表は1位通過をかけてスウェーデンとの決戦に挑む。 「一番怖いのは怪我。彼らしいスタイルで、みんなに認めてもらえるような突破を見せてほしい」 恩師の温かなエールと、故郷の誇りを背負って。太子町が生んだ“韋駄天”が再び世界の度肝を抜く準備は整っている。 (2026年6月24日放送 関西テレビ「水曜はJ!」より)

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