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2017年3月3日

みんなのギモン「東西で違う?ひなあられ」

桃の節句「ひな祭り」で定番のお菓子と言えば「ひなあられ」。

 

関西では、丸くてサクサク、塩味・醤油味に、チョコレートで包んだものがおなじみですが・・・。

関東は、粒々でフワフワ、甘〜い味付けだというんです。

本当に西と東で違うのか? 

まず、関西人に聞いてみると…

【関西人の女性】

(Qひなあられといえば?)

「おかき!チョコとか青のりとか、醤油とかいろんな味が楽しめる」

 

一方、関東の人は・・・

 

【東京都民の女性】

「3色で、このカラフルに色がついているのがいつも食べているあられ」

 

【神奈川県民の女性】

「関西風のひなあられは、ただのお煎餅。おばあちゃん家にありそう」

「お嫁にいけなさそう(笑)」

 

と、まぁ言いたい放題ですが、なぜ、関西と関東でひなあられに違いがあるのでしょうか? 

そのヒミツを探るべく、まずはひな人形販売の激戦区、大阪の松屋町で聞き込み開始です。

 

【三木直商店 三木啓二さん】

(Qひなあられってどっちですか?)

「こっち(関西風)」

(Qなんで差が生まれたんですかね?)

「ひなあられの東西の差まではわからん」

また別の店では…。

【人形の富士屋 朝倉藤吉さんインタビュー】

「お雛さんは見るけど、あられに興味ないから」

「ひなあられに興味がない」とまで言われる始末。

それでも、めげずに質問を続けると…

【人形の富士屋 朝倉藤吉さんインタビュー】

(Qなんでひなあられにこんな差が?)

「ひな人形に対しても京雛と関東雛言うように別のものがあるし、元は何らかの意味があると思う」

 

確かに、ひな人形でも、京都の「京雛」と、東京の「関東雛」では座る位置が左右異なるなどの違いもありますもんね〜。

 

これをヒントに、「京雛」が生まれた京都でさらなる手がかりを探すことに。

すると、気になるお店を発見しました。

 

【あられおかき専門店 鳴海屋】

「当店はそちらに何種類か並べておりまして」

 

ここ大正12年創業のあられおかき専門店「鳴海屋(なるみや)」では、なんと関西風と関東風、両方のひなあられを製造・販売しているんです!

 

【鳴海屋 鳴海啓太取締役】

「関西風を作り始めたのが昭和35年くらい。こちらの方が古くから置いていますけど、関東風も昭和53年くらいからずっと作り続けています」

 

それぞれ作っているところを見せてもらうことに。

 

関東風は、原料となる「うるち米」を専用の機械に入れ、熱と圧力を加えて爆発させる、いわゆるポン菓子。
「ボン!!!」

大きな爆発音とともに舞い上がる米。

これを砂糖で味付けし、緑や赤に彩れば出来上がりです。

 

 

一方の関西風は、「もち米」を原料とした”あられ”に塩やしょうゆの他、砂糖などで味付けして仕上げます。

 

【鳴海屋 鳴海啓太取締役インタビュー】

(Qなんで関東風を作ろうと思った?)

「一番最初はお客様からポン菓子を作れないかと依頼があって、機械を導入したんです。せっかくなので、ポン菓子風の関東ひなあられもつくろうということになりました」

(Qそれまでは京都はおかきのものが一般的だった?)

「おかき、あられが一般的でした。関東のほうはやっぱりうるち米、おせんべいの文化なんで。関西風の、あられおかきは基本的にもち米で出来ていまして関西はあられ・おかき文化だったので、おかきのひなあられになったのかな?」

 

「もち米」で作る”おかきやあられ”。

一方、「うるち米」で作る”おせんべい”。

西と東の米菓文化が、ひなあられの違いを作ったようです。

 

では、一体どちらが先に生まれたのでしょうか?

米菓の歴史に詳しい専門家に話を聞いてみると…。

 

【日本おかきせんべいソムリエ協会 田澤秀樹理事長】

「ルーツには諸説があるんですけど、平安時代にひな遊びという慣習がありまして、そういう外に持って出るようなお菓子がルーツじゃないかと言われています」

 

田澤さんによると、ひなあられが生まれたのは今から1000年以上前の平安時代。

 

当時、貴族の間では、ひな人形を持って外に出掛ける”ひいな遊び”という風習があり、その際の携帯食として、菱餅などを砕いて作ったお菓子がひなあられの起源と考えられているのだとか。

 

【日本おかきせんべいソムリエ協会 田澤さん】

「もともとは日本の中心は京都でしたから、京都の文化が日本各地に広まっていったと考える方が自然」

 

江戸時代、関東地方では「もち米」よりも「うるち米」が流通していた事から、菓子職人たちは、うるち米を炒るなどして”江戸風のひなあられ”を作り出し、それが庶民のお菓子として定着したとされています。

このように、「ひなあられ」の発祥は京都で、その風習がのちに関東へと伝えられ、独自の進化を遂げながら現在に至るという説が有力だそうです。

一方、関西のひなあられに馴染みのない人からはこんなギモンも・・・

 

【宮城県民】

「チョコ入っているのはひなあられじゃないんじゃない?」

【愛知県民】

「チョコは入っているのは見た事ないです」

(Q食べてみる?)

「おいしー!」 

見た目と味のギャップに驚かされる”チョコあられ”。

いまや関西のひなあられには欠かせない存在ですが、一体いつ生まれたのでしょうか?

 

阪神百貨店で見つけた、チョコ入りのひなあられ。

その製造元を辿れば何かわかるかも!

ということで、大阪・池田市に本社を構えるおかきメーカー「とよす」へ行ってみると…。

 

【とよす広報担当 豊洲牧子さん】

(Qチョコは関西の生まれ?)

「これはうちが最初に昭和40年代に作った、ひなあられの中に入れていたもの」

 

これはビックリ!

チョコあられの生みの親は「とよす」さん、だったんですね!

「とよす」のひなあられは昭和30年ごろに発売。

その後、洋菓子文化が広がる中で当時大人気だったチョコレートを斬新にも、あられに取り入れたんだとか。

 

【とよす広報担当 豊洲牧子さん】

「大阪の人ってすごい欲張りなんです。一種類のものでは満足できない、いっぱい混ぜていろんな味を楽しみたい。非常に贅沢な食文化だと思うんです大阪は。

関東のものは甘いものばかりなので、関西でそんなケチな事はしません。5色の味。チョコレート入れたら6色の味」

 

 

(Qちなみにひなあられで好きな色は?)

「難しい質問ですね。どれも好きなんですけど やっぱりチョコが好きです」

 

”食へのこだわり”が強い関西人を喜ばせたいというサービス精神と、失敗を恐れない”ナニワの商売魂”が、長年愛される”関西風ひなあられ”を定着させたようです。

 

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