ザ・ドキュメント

2009年7月20日(月)午後3:58~4:53

語り

村西利恵(関西テレビアナウンサー)

企画意図

教育を等しく受けることは、憲法で保障された子どもの権利。しかし家庭の経済苦など様々な事情で人生のスタートラインから平等な機会を与えられず、「経済格差」が「教育格差」となって、そのハンディを抱えたまま社会に出ていかざるを得ない若者たちが大勢いる。しかし、そこで彼らを待ち受けているのは、長引く不況で大人たちが大量に職を失うという「不安社会」であり、「格差を取り戻すことが難しい社会」でもある。
「学校に行きたくても行けない」「学校に行っても未来が見えない」「何とか学校は出たものの希望が持てない」…若者たちから希望すら失わせている現代の社会とは、教育とは一体何なのか?を問いかける。

番組内容

●教育の「セーフティーネット」が崩れる!?

今年3月末に行われた大阪府立定時制高校(府内15校)の生徒募集で定員総数が約571人に対して200人近く出願がオーバーするという、かつてない異常な事態が起きた。結局167人が不合格となった。
『定時制がパンクしています!』。ある定時制高校の教諭から届いたメールは、「今春の公立高校1次入試で全日制を不合格になった子どもたちが定時制の2次募集に殺到した」という内容だった。
『行き場のない子が大量に出ています。こんな事態は前代未聞です!』。これまでずっと定員割れしていた定時制高校入試の歴史の中で、ベテラン教諭も驚くほど異例のことが起きたのである。景気の悪化で家計が苦しい中、大阪府が「私学助成の削減」を決めたことで、費用のかかる私学を敬遠し、公立を志望する生徒が急増、その“しわ寄せ”として「定時制の定員オーバー」が起きたのである。

●定時制同窓生のそれぞれの人生

定時制高校に勤務する小西教諭には“苦い経験”があった。以前勤めていた府立天王寺高校定時制が「学校の統廃合(2003年)」によって、廃止されたのだ。
今年3月中旬、かつて天王寺高校定時制にいた小西教諭と4人の教え子たちが、久しぶりに「母校」で同窓会を開いた。当時、彼らは納得のいく説明を受けないまま、「卒業まであと1年」というところで強制的に学校をかえさせられたという。天王寺高校定時制がとても楽しく充実していた学校生活だっただけに、彼らの思いは未だに複雑である。

その1人、Sさん(男性・20歳)は、自分の通う学校が無くなると知った時、「なぜなくなったのか?生徒にとって母校は母親と同じような存在なのに…」と強い怒りがこみ上げた。
当時、小西教諭と一緒に大阪府庁にも出向いて存続を訴えたが「無視された」という。
今春、Sさんは別の定時制を卒業して、同窓生4人の中で唯一就職、現在、石油販売会社の正社員としてガソリンスタンドで働く。しかしSさんには「自分たちの存在が無視されたこと」がトラウマのようになって心の奥に残っている。
春、定時制を卒業したOさん(女性・20歳)は、借金を抱えた母親を助けるために定時制を選んだ。アルバイト代のほとんどを母親に渡す生活の中で、学校だけが救いだった。その母校が廃止されると知って「やっぱり自分たちはいらない存在なのかな…」と感じたという。

●大阪府の教育はいま…「自己責任論」の裏側で

去年10月「私学助成の削減」を決めた橋下大阪府知事に対して、私立や定時制に通う高校生たちが「削減」を止めて欲しいと直接交渉して話題となった。涙ながらに訴える高校生たちを相手に、橋下知事は「今の日本は義務教育の中学までは保障するが、そこから先は本人の努力次第。財政難だから、みんなに“我慢”をしてもらうしかない」と弁明。さらに「今の日本は自己責任が原則」とまで発言した。
当時、交渉のメンバーとして同席した私立の高校生2人に、あらためて知事発言に対する意見を聞いた。
Rさん(3年女子生徒)は、父親が不況でリストラされた為、自分にとって「私学助成の削減」は、「学校をやめろ」と言われているのと同じと訴える。
Nくん(2年男子生徒)は、「私立や定時制しか入れないのは自分のせいだという、“我慢”を言うのは責任逃れ」と怒る。
一方、大阪府は財政難を理由に「私学助成費」の削減だけでなく、定時制生徒に対する「修学奨励費」の条件も厳しくしようとしている。
現在、定時制高校4年のAさん(女子18歳)は、家庭の経済苦から定時制を選んだ。
小学6年の時に両親が離婚。今は父親と2人暮らしだが生活は苦しく、早朝からのアルバイトで生活費と学費の両方を自分で稼がないといけない。そんな厳しい生活の中でも「定時制高校に通うのはとても楽しい」という。
しかし、将来を尋ねると途端に顔が曇る。「福祉の仕事をしたい」と思っているが、専門学校に進学するお金はない。そんな中でもし「修学奨励費」も削減されたら、「苦しい生活をする自分のような定時制生徒は、もう学校すら通えなくなる」という。親からの援助が受けられないAさんにとって「努力」だけでは、「一般の高校生と同じスタートラインにも立てない」…そんな現実をつきつけられている。

●“学ぶことが、希望を生む!”学校の記憶がない21歳の今

今春の定時制追加募集で不合格になった子どもたちに、なぜ「私学に行かなかったのか」を聞くと、「家にお金がないからだ」と答える子は少なくない。そして、今後の進路を聞くと「高校ぐらいは出たかったけど、あきらめて働く」と答える子がほとんどだった。しかし、ハローワークの担当者は、中卒の就職事情について「高卒と比べても選択肢そのものが非常に少ない」と、高校進学できなかった子どもたちにとって非常に厳しい現実を語る。
Kさん(女性21歳)は、中学を卒業してから21歳の今まで、アルバイトを転々としてきた。現在、母親と暮らしているが、いつか自立したいと考えている。しかし、いまの自分はまだ正社員として採用される「力」が足りないと言う。
その理由は、Kさんは21歳の今でも、算数の九九が十分できない。ローマ字や漢字も苦手で、学力は小学生程度だということを知っているからだ。
彼女の家庭では両親のけんかが絶えず、小学校ではいじめにあい、学校の記憶はほとんどない。中学を卒業した後はアルバイトを続けてきたが長続きせず、一時は「死にたい」と思うこともあったという。
現在、Kさんは「西淀川子どもセンター」というNPO法人が運営する所に、週1度通って、九九やローマ字を学んでいる。10代から知っているNPO代表の西川さんに“仕事を探したいが履歴書がうまく書けない”と相談したのがきっかけだった。
「西淀川子どもセンター」は、子ども支援を地域に根付かせたいと西川さんが仲間と共に去年に立ち上げた。就学前から高校生までの子どもたちが自由に出入りし、遊んだり、勉強したりできるスペースになっている。
そんな一般の子たちに混じって、Kさんのように、中卒ながら漢字などが書けない10代~20代の若者がいる。西川さんは、今の日本ではKさんたちのような若者が「学び直し」をする場所も機会もほとんどないという。
Kさんはセンターに通い始めてまだ3ヶ月ほどだが、九九やローマ字、漢字などを勉強して、近い将来には定時制高校に入りたいと考えている。
練習で書いた履歴書には「高校へ行くためにお金をためたい」と書いてあった。
高校へ行きたい理由を尋ねると「一から学びなおして、学校ってどんな所か知りたい」と言う。Kさんにとって、九九や漢字を学ぶことは生きるための希望そのものである。

経済情勢によって、スタートラインにさえ立てない若者は決して珍しくはない。
「不安社会」の中、彼らが将来に希望を持てる日は来るのだろうか?学校現場と地域社会の両面から「学び」の現状を問う。

スタッフ

プロデューサー:土井聡夫(関西テレビ報道番組部)、松本彬良(インディー)
ディレクター:野崎朋未(インディー)
撮影:長嶋利雄(フリー)
編集:古賀喜和(テレコープ)
制作協力:インディーネットワーク

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