ザ・ドキュメント

2005年7月25日(月)

107人の犠牲者と500人を超えるケガ人を出す、鉄道史上未曾有の大惨事となった、JR福知山線の脱線衝突事故から、まる3ヶ月。番組は「安全の誓い」を標榜するJR西日本の取り組みを検証する。

事故から55日ぶりに運行を再開したJR福知山線。日常に戻ったかに見える通勤・通学風景とは対照的なのが、今なお入院生活を余技なくされる生存者だ。
玉置富美子さんは、あの日4両目に乗車し、事故に巻き込まれた。顔に深く刻まれた傷。
「もう20歳の娘じゃないんだし」そう笑い飛ばす玉置さんだが、なぜあのような事故が起きたのか、何が問題だったのかと、担当のJR西日本社員に厳しい問いかけを発する。
しかし、玉置さんは毎日のように病室を訪れるJRの社員を気遣う一面もみせる。
なぜなら、現場の最前線に立つ社員にはこの経験を、組織の一員として、自分の会社の何が間違っていたのかを考えるきかっけにして欲しいと思っているからだ。
玉置さんの厳しい視線はむしろ、「置石」をのうのうと語ってしまう、JR西日本という「組織の体質」に向けられる。

JR西日本は事故を受け、安全担当副社長と現場と経営をつなぐパイプ役となる社長特別補佐という2つのポストを新たに設けた。
副社長、主席社長特別補佐に就任した2人は、いずれも一度JR西日本から退いた、いわば「上がった」サラリーマンだ。
現場をまわり、職場の声に耳を傾ける2人。しかし現場からは「今までやってきたことは全部間違えだったということですか!」と厳しい問いを投げかけられる。
副社長の山崎は現場社員にこう語る。「いま我々は107人の怨念を背負っているんだ。いま変われなければ、未来永劫変われない」と。

なぜ「安全」が最大の優先事項とならなかったのか。それはJR西日本が14年前、信楽高原鉄道(SKR)で発生した、列車衝突事故に真摯に向き合わなかったからではないだろうか。「SKRの列車が赤信号で発車したのが原因で、当方はもらい事故だった」と主張し続けたJR西日本。しかし、遺族たちが立ち上がった民事訴訟では1、2審ともにJRの過失が認定される。高裁判決を受け、遺族らに謝罪したJR西日本だったが、遺族らへの補償金の支払い割合を巡って今も SKRと対立する。
第三セクターであるSKRの社長で信楽町の町長だった杉森一夫。杉森は弔問を拒否された遺族の下に何度も足を運び、謝罪し、鉄道の安全を誓う。杉森の姿勢に心を許した遺族からは300通を超える手紙が届く。いまは町長を退いた杉森だが、遺族らとの交流は続く。杉森は言う。「私の生き様を見てもらって許しをこうしかない」と。
今月7日。杉森は80歳で死去する。告別式には事故の遺族が参列し涙を流す。
遺族から届けられた300通を超える手紙は、杉森の遺言に従い棺に納められる。

福知山線は再開され、全社をあげて安全体制の確立に取り組むことが、被害者への贖罪につながるとするJR西日本。
しかしその贖罪が、言葉だけの空虚なものになることは許されない。
番組ではこの92日、JR西日本が取り組む「贖罪」の姿をみつめる。

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